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旅行の今昔
りょこうのこんじゃく
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「露伴全集 第29巻」 岩波書店
1954(昭和29)年12月4日
初出「新聲」1906(明治39)年8月号
入力者地田尚
校正者今井忠夫
公開 / 更新2001-06-18 / 2014-09-17
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 旅行に就いて何か経験上の談話をしろと仰ゃるのですか。
 どう致しまして。碌に旅行という程の旅行を仕た事も無いのですもの、御談し仕度くっても是といって御談し申上げるような事も有りません。いくら経験だと申して、何処其処の山で道に迷ったとか、或は又何処其処の海岸で寄宿をしたとかいうような談は、文章にでも書いて其の文章に詩的の香があったらば少しは面白いか知れませぬが、ただ御話し仕たって一向おかしくもない事になりますから申し上げられません。
 経験談の代りに「空想談」は何様です?。
 旅行も日本内地は最早何等の思慮分別をも要せぬほどに開けてまいりました。で、鉄道や汽船の勢力が如何なる海陬山村にも文明の威光を伝える為に、旅客は何の苦なしに懐手で家を飛出して、そして鼻歌で帰って来られるようになりました。其の代りに、つい二三十年前のような詩的の旅行は自然と無くなったと申して宜しい、イヤ仕様といっても出来なくなったのであります。
 汽車の上り下りには赤帽が世話をする、車中では給仕が世話をする、食堂車がある、寝台車がある、宿屋の手代は停車場に出迎えて居る、と言ったような時世になったのですから、今の中等人士は昔時の御大名同様に人の手から手へ渡って行って、ひどく大切にされまするので、山も坂も有ったものじゃあ有りません。特更あれは支那流というのですか病人流というのですか知りませんが、紳士淑女となると何事も自分では仕無いで、アゴ指図を極め込んで甚だ尊大に構えるのが当世ですネ。ですから左様いう人が旅行をするのは何の事は無い、「御茶壺」になって仕舞うようなものですテ。ハハハハ。「御茶壺」というのは、むかし将軍御用の御茶壺を江戸まで持って来る、其の茶壺は茶壺の事ですから眼も鼻も有りは仕ませんし手も脚も動かしは仕ませんが、それでも其の威勢は大したもので、「下に居ろ、下に居ろ」の格をやって東海道を江戸へ来たものだそうです。そこで古風の人がタマに当今の人に其の御茶壺の話を仕て聞かせると、誰も噴飯して笑うので有りますが、当今の紳士の旅行の状態を見ると、余り贅沢過ぎて何の事は無い、つまり御茶壺になって歩いて居るのだ、と或人が評を仕ましたのを聞いて、甚だおかしいと思って居ります。面白いものです。金が有って地位が有って、さて威張って見ると「御茶壺」になるのですナ。
 で、其の御茶壺旅行の出来るようになったのは文明の庇陰なのですから、今後はもう「きりをの草鞋」「紺の甲掛け」「三度笠」「桐油合羽」「振り分けにして行李を肩に」なんていう蛮カラ的の事は要せぬようになりまして、男子でも鏡、コスメチック、頭髪ブラッシに衣服ブラシ、ステッキには金物の光り美しく、帽子には繊塵も無く、靴には狗の髭の影も映るというように、万事奇麗事で、ユラリユラリと優美都雅を極めた有様でもって旅行するようになるのですから、まして夫人方は「…

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