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道綱の母
みちつなのはは
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「田山花袋全集 第十二巻」 文泉堂書店
1974(昭和49)年1月20日
入力者柳沢成雄
校正者松永正敏
公開 / 更新2003-04-28 / 2014-09-17
長さの目安約 211 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

         一

 呉葉は瓜の出來る川ぞひの狛の里から、十の時に出て來て、それからずつと長く兵衞佐の家に仕へた。そこには娘達が多かつたが、中でも三番目の窕子とは仲が好くつて、主從の區別はあつても、しん身に劣らぬほどの心を互ひに取りかはした。後には窕子のためにつけられた侍女のやうになつて了つた。
 かの女にはいろいろなことが思ひ出される。まだ來たばかりで、朝に夕に故郷の母のことを思つて打しをれてゐると、そこにその時分丁度十三四で、年のわりに聰明で歌を詠むことが上手で、多い同胞の中ではことに器量の好い窕子がそつと寄つて來て、『お前、泣いてゐるの……。何うしたのさ……。母者がこひしいの……。もっともだとは思ふけども、あまり考へると體をわるくするからね、あまり考へない方が好いよ。それとも誰かいぢめたか何うかしの! あの仲姉さんが意地わるか何かをしたんぢやない?』その時呉葉は俄かに頭を振つたことを今でもはつきりと覺えてゐる。それから窕子のやさしい心持がかの女の體中に染みわたつて、たよる人はこの君ばかりといふ風に益々しん身になつて行つたことを覺えてゐる。
 窕子と呉葉とはその時分よくこんな話をした。
『お前の國に行って見たいね……。大きな川があるんだッてね』
『え、え、それは大きな河……鴨川のようなあんな小さな川ぢやない。もつと大きい、大きい、大きい帆がいくつも通る……。舵の音が夜中でもきこえる。それはそれは大きな河……。それに、河原の畠には瓜が澤山出來てゐるんですから……』
『もっと大きくなつたら、二人きりで行かうね。二人きりで……。仲姉さんとも誰とも一緒でなしに……。そしてお前の母者や姉妹とも逢はうね。そしてその次手に、昔の奈良の都にも行つて見ようではないか!』
『さういふことが出來たら、それこそ何んなに嬉しいことか……』
呉葉はさうした話の出る度毎にいつも雲の白く山の青い故郷のことを頭に浮べた。
 それは西洞院の二條を少し下つたところにある邸――兵衞佐ぐらゐの人の住んでゐる家であるから、さう大してひろくも大きくもなかつたけれども、それでも築土が長く取廻してあつて、栗や柿の樹などがその上から見えて、秋は赤い木の實が葉の落ちたあとの枝に鈴生に着いてゐるのを路行く人はよく眺めて通つて行つた。それからちよつと出ると、そこはもう西洞院の大通りで、馬車、さき追ふ人の聲に雜つて下司どもの罵り騷ぐ聲や、行縢を着けた男や、調度掛をつれた騎馬の侍や、つぼ裝束をした女達の通つて行くのがそれと手に取るやうに展けられて見えた。呉葉は幼いころ、ものの使ひに行つた歸りなどに、一の殿のすさまじく仰々しい行列に逢つて、何うすることも出來ずに、片側の塀にぴたりとその小さき身を寄せてある期間じつとしてゐたりしたことを今でもをりをり思ひ起した。そしてそれを眞直に北に行くと、大宮の築土に突當つて、そ…

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