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弟子
でし
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「ちくま日本文学全集 中島敦」 筑摩書房
1992(平成4)年7月20日
入力者大内章
校正者川向直樹
公開 / 更新2004-10-12 / 2014-09-18
長さの目安約 49 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

     一

 魯の卞の游侠の徒、仲由、字は子路という者が、近頃賢者の噂も高い学匠・陬人孔丘を辱しめてくれようものと思い立った。似而非賢者何程のことやあらんと、蓬頭突鬢・垂冠・短後の衣という服装で、左手に雄[#挿絵]、右手に牡豚を引提げ、勢猛に、孔丘が家を指して出掛ける。[#挿絵]を揺り豚を奮い、嗷しい脣吻の音をもって、儒家の絃歌講誦の声を擾そうというのである。
 けたたましい動物の叫びと共に眼を瞋らして跳び込んで来た青年と、圜冠句履緩く[#挿絵]を帯びて几に凭った温顔の孔子との間に、問答が始まる。
「汝、何をか好む?」と孔子が聞く。
「我、長剣を好む。」と青年は昂然として言い放つ。
 孔子は思わずニコリとした。青年の声や態度の中に、余りに稚気満々たる誇負を見たからである。血色のいい・眉の太い・眼のはっきりした・見るからに精悍そうな青年の顔には、しかし、どこか、愛すべき素直さがおのずと現れているように思われる。再び孔子が聞く。
「学はすなわちいかん?」
「学、豈、益あらんや。」もともとこれを言うのが目的なのだから、子路は勢込んで怒鳴るように答える。
 学の権威について云々されては微笑ってばかりもいられない。孔子は諄々として学の必要を説き始める。人君にして諫臣が無ければ正を失い、士にして教友が無ければ聴を失う。樹も縄を受けて始めて直くなるのではないか。馬に策が、弓に檠が必要なように、人にも、その放恣な性情を矯める教学が、どうして必要でなかろうぞ。匡し理め磨いて、始めてものは有用の材となるのだ。
 後世に残された語録の字面などからは到底想像も出来ぬ・極めて説得的な弁舌を孔子は有っていた。言葉の内容ばかりでなく、その穏かな音声・抑揚の中にも、それを語る時の極めて確信に充ちた態度の中にも、どうしても聴者を説得せずにはおかないものがある。青年の態度からは次第に反抗の色が消えて、ようやく謹聴の様子に変って来る。
「しかし」と、それでも子路はなお逆襲する気力を失わない。南山の竹は揉めずして自ら直く、斬ってこれを用うれば犀革の厚きをも通すと聞いている。して見れば、天性優れたる者にとって、何の学ぶ必要があろうか?
 孔子にとって、こんな幼稚な譬喩を打破るほどたやすい事はない。汝の云うその南山の竹に矢の羽をつけ鏃を付けてこれを礪いたならば、ただに犀革を通すのみではあるまいに、と孔子に言われた時、愛すべき単純な若者は返す言葉に窮した[#「窮した」は底本では「窮しした」]。顔を赧らめ、しばらく孔子の前に突立ったまま何か考えている様子だったが、急に[#挿絵]と豚とを抛り出し、頭を低れて、「謹しんで教を受けん。」と降参した。単に言葉に窮したためではない。実は、室に入って孔子の容を見、その最初の一言を聞いた時、直ちに[#挿絵]豚の場違いであることを感じ、己と余りにも懸絶した相手の大きさ…

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