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遺言文学
ゆいごんぶんがく
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆 別巻17 遺言」 作品社
1992(平成4)年7月25日
入力者渡邉つよし
校正者もりみつじゅんじ
公開 / 更新2000-11-06 / 2014-09-17
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

    無名作家Nの情熱(上)

 プロレタリア作家が、現在、どんなに困難な道を歩いてゐるか、といふ事は、クド/\と述べ立てる必要の無い事であらう。
 それにしても、私は、今、一つの話をしないではをれない。
 私たちの友人のNは、無名作家である。Aといふ批評家が紹介して、私たちのグループに入つたのだつた。
 このNは、もう三十を越してゐるのであるが、体が小さくて細くて、けいれんの発作があつて、その上、視力が、常人の三分の一しか無いのである。視力の不足なのは、幼少の時からの絶えざる栄養不良と、不足から来たのであつた。
 炭坑夫をしたり、刑務所の内を潜つたり、しながら、東京へ流れついて、私たちのグループに入つた。体が小さくて、弱い病身ではあるが、火のやうな階級的情熱を持つてゐる。
     *
 Aでも、Mでも、私でも、借家争議といふ事になると、いつも、このN君を留守番に頼んで、闘つてもらふのが常であつた。
 ところが、目的は、プロレタリア作家として、その闘争力を、ペンと紙とを通じて、読者に訴へることにある。だが、この点になると、Nのペンは、心臓の速さに追つつけないのであつた。いつでも書くものが、主観的に、自分で先にカンシャク許り起してゐるものだから、読者に分らないのであつた。
 私たちは、お互に、励まし合ひ、研究し合つたが、私にも、Nにも、カン所がつかめなかつた。
 そのうち私一家は、一時田舎に落ちのびて、留守は、N君とH君とに委せて置いた。落ちのびた私たちも、留守の両君も、現在の失業者のなめるのと、同じ悩みを味つたのはいふ迄も無い。
 ところが、私の居ない間に、私たちの属してゐた、文学上のグループが、どういふ訳だか、グラつき始めた。私は、遠く、離れて居たものだから、単に、経済上の問題であらう、と思つてゐた。
 その問題ならば、自分が帰つたところで、手ブラで帰つたのでは、邪魔になるだけなのだから、それよりも、年来の目論見である、水力発電所に関する長編でも、書きあげようと、発電所の見おろせる鳥屋にガン張つてゐた。
 そのうちに、同志のSやIなどが、「あつさりやめた。心配するな。帰つたらゆつくり話す」といふ、簡単極まるハガキを、私の旅先きに寄越した。Sは、私たちのグループの中で、文学的にもであるが、生活的に、全身的に、階級闘争に、もつともピッタリくつついてゐる男である。Iも、文学的に野心が多く、闘争の中にすつかりはまり込んだ、といつた風な男である。
     *
 私は、文学の上では、兎も角、運動の上では、他の人たちを捨てても、Sたちと行動を共にしなければならないと思つた。
 で、私は、田舎から慌てて帰つて来た。
 そして、別れなくていゝものなら、別れないやうにしようと、いろいろ、骨を折つて見た。
 が、後で、いろいろ、理論めいて、えらさうな事はいへようが、そんな…

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