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獄中の女より男に
ごくちゅうのおんなよりおとこに
作品ID1820
著者原田 皐月
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆77 産」 作品社
1989(平成元)年3月25日
入力者土屋隆
校正者noriko saito
公開 / 更新2006-10-31 / 2014-09-18
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

     一

 私には暗い/\日許り続いて居ます。もう幾日経つたのか忘れて了ひました。此処に斯うして居ると堪らなく世の中が恋しくなります。貴方の傍が……貴方の傍が……貴方はあのテーブルの上でお仕事をして被入るでせう? 一輪ざしの草花がもうぼろ/\に枯れたらうなんて昨夕も考へましたの。そして貴方は其ぼろ/\の花を矢張り捨てないで眺めて居て下さるんだと思つたりしてましたの。妙な事迄考へたんですよ。貴方がね、毎晩私のあのつぎだらけの寝巻を抱いて寝て被入るのだなんて。そして私の考へてる事が皆事実の様な気がするんですの。私にちやんとそれが見える様な、私が知り抜いて確かな事実の様な気迄するんですの。恁[#挿絵]手紙を書いたら貴方はお泣きになる? 泣いて下さいね。そして私が恁[#挿絵]に苦しんで居る為だけでも貴方は一生懸命貴方のお仕事をして下さいね。私はほんとうに心配して居ますの。貴方が此事の為に動揺して苦しんで被入りはしないかと思つて。私の考は何が来ても動かないのですし、法律は法律の極め通り進行するでせうしなる様になるのですから少しも心配はないのですが、若し貴方が彼の時の約束に背いて私の苦痛を半分助け様なんて被入りはしないかとそれ許りが心配なのですの。離れて居ては貴方のお心迄が分らなくなつて了ふ。若し貴方が其[#挿絵]お心持から又この暗い世界へ私と同じ様に身を沈めてお了ひになつたらそしたら貴方が死ぬ許りか私も死ぬのですもの。くどい様ですけど此度の事の責任は全部私に任せて下さいね。そして貴方はお仕事の方丈けを専心遣つて下さいね。私は貴方の事許りを考へて優しい女らしい事を並べたてゝ、只貴方を泣かすのではないんですの。いつか御相談しました様にさうして下されば貴方のお仕事の中で私も活きて行かれるんですもの。私を憐んで下さるならどうぞ貴方のお仕事を可愛がつて下さい。そして私の事も可愛がつて下さい。そして私の寝間着を抱いて下さい。私の着物でも私のお茶碗でも私のお箸でも私の櫛でも私の白粉でも私の私の何でもをキツスしてやつて下さい。あゝ私は此処に居てもそれが皆判ります。
 貴方は世の中の嘲罵を浴びて被入るでせうね。堕胎女の情夫はあれだと。貴方はぢき其れが怎うした? とそふ気になつて力み返るんでせう? さう思ふと私はふんと笑ひたくなります、何でもいゝ、二人を知つてるのは二人ですはね。二人ぢやない、二人はほんとに独りなんですものね。私はほんとに嬉しいのです。毎日の訊問に疲れ切つた時でも私を隅から隅迄知つてる人が今仕事をして居る。私は凡てを知られて居ると思ふと、世の中の人間が皆私に唾してもあゝ沢山だと思ふんですの。

     二

 裁判官は人類の滅亡も人道の破壊も考へない虚無党以上の犯罪だと云つて卓を叩いて怒りましたの。私が裁判官の
「では何所迄も悪いとは思はないのか」
 と云ふ問ひに…

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