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暴風雨に終わった一日
ぼうふううにおわったいちにち
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「清風荘事件 他8編」 春陽文庫、春陽堂書店
1995(平成7)年7月10日
入力者大野晋
校正者ちはる
公開 / 更新2001-04-30 / 2014-09-17
長さの目安約 14 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 バルコニーの外は低い砂丘を一つ越して、青空にくっきりと限られた代赭色の岩鼻岬、その中腹の白い記念塔、岬の先端の兜岩、なだらかな弧を描いている波打ち際、いつも同じ絵であった。ただ、その朝は水平線の上が刷毛で刷いたように明るく、遠くの沖を簪船が二隻も三隻も通っていくのが見えた。つい近くの波間に遊んでいた数羽の水禽が翼を並べて、兜岩のほうへ立っていった。今朝もまた、青首(鴨)が来ている。

――二月二日。十二年前、喜望峰の波止場で、朝霧の立ち込めた穏やかな海上を大きな水禽が群れをなして水とすれすれに翔んでいた光景を思い出す。
英国ミッドランドのバートント家の猟場。
 その晩の男ばかりの数人の食卓に、給仕女に扮してわたしの傍に立った令嬢イサベル。それは彼女の愉快な冒険であった。二度目に彼女に会ったのは、それから数カ月を経たロンドンのあるウイークデーの、閑寂な朝の公園であったっけ。この奇遇は二人を結びつけてくれたが、彼女の父は娘を田舎の荘園に追い、わたしは危うく決闘を申し込まれるところであった。
 わたしたちのうえに朧げに綻びかけた夢の華はそれっきり萎んでしまったのである。時は流れるという言葉を、しみじみ思う。イサベルの訃を聞いてからも、すでに数年になる。
 今日はわたしの誕生日だ。祝ってほしい誕生日ではないが、祝ってくれた父や母や伯母も、いまは墓石になって、わたしの植えた珊瑚樹の葉擦れの音を聞きながら、青山の墓地に眠っている――

 と、伊東はその晩の日記に書くことであろう。
 ポリッジとベイコンエッグス、ライプドオリーブ、それに紅茶とパンと、十年一日、判で捺したような朝食を済ましてから、伊東は松林に囲まれた家を出た。街には出ないで、役場の横から明神下の入江に通ずる道には、春を待つポプラが並木を作っている。
 疎らな人家を過ぎて船板を渡した溝を越えると、勝浦町へ通ずる県道になっている。伊東は晴れた空の下に杖を振って、だれも人の通っていない明るい海岸の道路を歩いていた。したがって喜望峰のテーブル山の景色と、現世にいない両親や伯母やイサベルのことを、さっきと同じく何物にも乱されずにぼんやりと思いつづけていた。
 道路は爪先上がりに高くなって、海岸からだんだんに離れていった。彼は第一のトンネルを越したところから県道を切れて、菜の花の開いている崖の上の山道を入っていった。曲がりくねった小径について雑木林の丘を越えると、豁然と展けた眼下の谷に思いがけない人家があって、テニスコートにでもしたいような広場に鰯を干しているのが見えた。
 次の丘を回ったときには、はるか下の赤土の傾斜地に、桃色の鉢巻きをした漁師たちが蟻のように並んで網を繕っているのが見えた。
 伊東はみちみち、菜の花や水仙などを摘んで丘の裾を繞りながら、遠くに部原の海を見下ろす崖の上へ出た。白っぽい県道が緑の間を抜…

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