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雪之丞変化
ゆきのじょうへんげ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「雪之丞変化【下】」 大衆文学館、講談社
1995(平成7)年7月20日
「雪之丞変化【上】」 大衆文学館文庫、講談社
1995(平成7)年7月20日
初出「朝日新聞」1934(昭和9)年11月~1935(昭和10)年8月
入力者たまどん。
校正者川山隆
公開 / 更新2013-05-20 / 2014-09-16
長さの目安約 704 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

女がた





 晩秋の晴れた一日が、いつか黄昏れて、ほんのりと空を染めていた夕映[#ルビの「ゆうばえ」は底本では「ゆえばえ」]も、だんだんに淡れて行く頃だ。
 浅草今戸の方から、駒形の、静かな町を、小刻みな足どりで、御蔵前の方へといそぐ、女形風俗の美しい青年――鬘下地に、紫の野郎帽子、襟や袖口に、赤いものを覗かせて、強い黒地の裾に、雪持の寒牡丹を、きっぱりと繍わせ、折鶴の紋のついた藤紫の羽織、雪駄をちゃらつかせて、供の男に、手土産らしい酒樽を持たせ、うつむき勝ちに歩むすがたは、手嫋女にもめずらしい[#挿絵]たけさを持っている。
 静かだとはいっても、暮れ切れぬ駒形通り、相当人の往き来があるが、中でも、妙齢の娘たちは、だしぬけに咲き出したような、この優すがたを見のがそう筈がない。
 折しも、通りすがった二人づれ――対の黄八丈を着て、黒繻子に緋鹿の子と麻の葉の帯、稽古帰りか、袱紗包[#ルビの「ふくさづつみ」は底本では「ふくさつづみ」]を胸に抱くようにした娘たちが、朱骨の銀扇で、白い顔をかくすようにして行く、女形を、立ち止って見送ると、
「まあ、何という役者でしょう? 見たことのない人――」
「ほんにねえ、大そう質直でいて、引ッ立つ扮装をしているのね? 誰だろう?」
 と考えたが、
「わかったわ!」
「わかって? 誰あれ?」
「あれはね、屹度、今度二丁目の市村座に掛るという、大坂下りの、中村菊之丞の一座の若女形、雪之丞というのに相違ないでしょう――雪之丞という人は、きまって、どこにか、雪に縁のある模様を、つけているといいますから――」
「ほんにねえ、寒牡丹を繍わせてあるわ」
 と、伸び上るようにして、
「一たい、いつ初日なの?」
「たしか、あさッて」
「まあ、では、じき、また逢えるわねえ。ほ、ほ、ほ」
「いやだ、あんた、もう贔屓になってしまったの」
 二人の娘は、笑って、お互に袂で撲つまねをしながら、去ってしまった。
 美しい俳優は、そうした行人の、無遠慮な囁きを、迷惑そうに、いつか、諏訪町も通り抜けて、ふと、右手の鳥居を眺めると、
「おや、これは八幡さま――わたしは、八幡さまが守護神――ねえお前は、この、お鳥居前で待っていておくれ――御参詣をして来ますから――」
 と、供に言って、自分一人、石段を、小鳥のような身軽さでちゃらちゃらと上って行った。
 八幡宮の、すっかり黄金色に染って、夕風が立ったら、散るさまが、さぞ綺麗だろうと思われる大銀杏の下の、御水下で、うがい手水、祠前にぬかずいて、しばし黙祷をつづけるのだったが、いつかれる神が武人の守護神のようにいわれる八幡宮、おろがむは妖艶な女形――この取り合せが、いぶかしいといえばいぶかしかった。
 礼拝を終って、戻ろうとしたこの俳優――ハッとして立ち止った。
 思いがけなく、銀杏の蔭から声を掛けるものがあったの…

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