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しょうそくいっつう
作品ID1915
副題一九二四年一月一日マールブルク
せんきゅうひゃくにじゅうよねんいちがつついたちマールブルク
著者三木 清
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆 別巻92 哲学」 作品社
1998(平成10)年10月25日
入力者加藤恭子
校正者もりみつじゅんじ
公開 / 更新2001-02-24 / 2014-09-17
長さの目安約 20 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 新年お目出度う存じます。去年はハイデルベルクで迎へた正月を、今年はマールブルクで迎へました。大晦日の夜には悪霊を追払ふと云ふ意味で、昔独逸では戸外に盛んに発砲する習慣があつたさうです。今でも昔気質の人はこの夜十二時が打つと同時に、高い椅子の上から飛び降りると云ひます。新しい年の中へ勢よく飛び込むと云ふ意味ださうです。私は歳晩にあつて数年前に作つたひとつの歌をまた思ひ出しました。
つかのまの熱と光を求めんと象牙の塔を焼きし日もあり
     *
 日本を出て来る前から、独逸ではヘーゲルの復興が行はれてゐることを私は聞いてゐました。いかにもヘーゲルに関する書物はかなり出てゐます。なるほど大学のゼミナールでは何処でも好んでヘーゲルを用ゐてゐます。しかし私たちを本当にヘーゲルの思想世界へ導いてくれる者はまだ見当らないやうに思ひます。――私にひとつの新しい独逸語を作らせて下さい――それらは凡てかの Hegelrei ではないでせうか。今の独逸でヘーゲルに関する学者としては、知識に於いてはミュンヘンのファルケンハイム、体系的な方面ではフライブルクのエビングハウスが第一流と見做されてゐます。第二線に立つ人々には、クローネル、ノール、ラッソン、ブルンシュテットなどがあります。ヴィンデルバントが『ヘーゲル主義の復興』と云ふ論文を書いたとき、彼はその頃新進気鋭のノールやエビングハウスを頭においてゐたと云はれてゐます。それ以来かなりの歳月は流れてゆきましたが、私たちのヘーゲルはカントがその当時もつたリープマン、ランゲほどの学者をさへもつ幸福にまだ逢つてゐないやうに思ひます。クローネル、エビングハウス、ハルトマンなどが等しくヘーゲルに就いての著述を企ててゐると云ふのも面白い現象です。これらの書物が出来ましたら、私も私たちのヘーゲルに関して纏つたことを書かせて戴きませう。
 同じやうに日本を発つ以前、独逸では歴史哲学や精神科学の基礎的考察が盛んになりつつあることを私はひとから聞かされてゐました。しかし私はこの方面に於いてもあまり多くを期待してゐたかも知れません。シュプランゲル、シュペングレル、ヤスペルスなどのものは面白く読まれますが、方法的思惟に於いても、対象的思惟に於いても、執拗な、根強い思索の統一力が欠けてゐはしないでせうか。この間にあつて、マックス・ウェーベルの経済学の方法論に関する論文集とマックス・シェーレルの倫理学の本とは、共に多少鮮かな特色をもつてゐて、何物かを私たちに教へてくれることが出来るやうにみえます。永い間待つてゐたトレルチの歴史哲学の書物が出ました。この書は現今の独逸の歴史哲学的研究の状態に対して第一流の徴候的著述であると思はれます。トレルチは彼の博識をもつて近代の歴史哲学的思想のあらゆるものを批評してゐます。けれど歴史哲学が如何なる地盤に立ち如何なる方向に進…

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