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あま
原題DAT FLEESCH
著者
翻訳者森 鴎外 / 森 林太郎
文字遣い新字旧仮名
底本 「鴎外選集 第14巻」 岩波書店
1979(昭和54)年12月19日
初出「我等 一ノ一」1914(大正3)年1月1日
入力者tatsuki
校正者はやしだかずこ
公開 / 更新2000-06-08 / 2016-02-01
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 ブレドガアデで午食をして来た帰道である。牧師をしてゐる兄と己とである。兄はユウトランドで富饒なヱイレあたりに就職したいので、其運動に市中へ出て来た。ところが大臣が機嫌好く話を聞いてくれたので、兄はひどく喜んでゐる。牧師でなくては喜ばれぬ程喜んでゐる。兄は絶えず手をこすつて、同じ事を繰り返して言ふ。牧師でなくては繰り返されぬ程繰り返して言ふ。「ねえ、ヨハンネス。これからあの竪町の内へ往つて、ラゴプス鳥を食べよう。ラゴプス鳥を。ワクチニウムの実を添へてラゴプス鳥を食べよう。」
 こんな事を言つて歩いてゐると、尼が二人向うから来た。一人の年上の方は、外国へ輸出するために肥えさせたやうに肉が附いて、太くなつてゐる。今一人は年が若くて、色が白くて、背がすらりと高くて、天国から来た天使のやうな顔をしてゐる。
 我々と摩れ違ふ時、二人の尼は目を隠さうとした。すらりとしてゐる方にはそれが出来た。太つた方は下を視るには視たが、垂れた上瞼の下から、半分おこつたやうな、半分気味を悪く思ふやうな目をして、横ざまに己の顔を見た。
「あ。いつかの二人だつた。」己はかう云つて兄の臂を掴んだ。
「誰だつたと云ふのかい。」
「まあ、聞いて下さい。あなたの、その尊い口にも唾の涌くやうな話なのです。あの鍛冶屋町を知つてゐるでせう。」
「うん。まだお上のお役をしてゐた時、あそこで日の入を見てゐたことが度々あるよ。ひどく寂しい所だ。」
「それに乳母が大勢集まる所です。」
「己の往く頃はさうでもなかつたよ。己の往く頃は。」
「まあ、聞いて下さい。わたしが鍛冶屋町を発見したのは、去年の春でした。実際あなたの云ふ通、寂しい所で、鳥の声が聞える。鵠がゐる。尼さん達が通るのです。長い黒い列を作つて通るのです。石炭の丸を緒に貫いたやうな工合ですね。年上のと若いのと並んで行くのもある。年上のが二人で、若いのを一人連れて行くのもある。若いの二人を、年上のが一人で連れて行くのもある。兎に角若いの二人切で行くと云ふことはありません。若いうちはいろ/\な誘惑がありますからね。」
「さうだとも。肉は弱いもので。」
「肉がですか。何も肉が、外のあらゆる物に比べて、特別に悪いと云ふ訳でもありますまい。」
「己はそんな問題に就いてお前と議論したくはないよ。」
「さうでせうとも。御尤です。そこで兎に角鍛冶屋町を尼さん達が大勢通るのです。朝も昼も晩も通るのです。それが皆フランスを話します。どれもどれもまづさ加減の競争をしてゐるやうなフランスですね。丁度其頃わたしはへツケル先生と手紙の取遣をしてゐました。へツケル先生は御存じでせう。」
「あのダアヰニストのへツケルぢやないのかい。」
「無論さうです。ダアヰニストですとも。わたしはこんな事を問ひに遣つてゐました。若し人間と猩々と交合させたら、其間に子が出来て、それが生存するだらうかと。…

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