えあ草紙・青空図書館 - 作品カード


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人間レコード
にんげんレコード
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「夢野久作全集10」 ちくま文庫、筑摩書房
1992(平成4)年10月22日
入力者柴田卓治
校正者しず
公開 / 更新2001-03-29 / 2014-09-17
長さの目安約 21 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 昭和×年の十月三日午後六時半。
 玄海洋の颱風雲を帯びた曇天がもうトップリと暮れていた。
 下関の桟橋へ着いた七千噸級の関釜連絡船、楽浪丸の一等船室から一人の見窄らしい西洋人がヒョロヒョロと出て来た。背丈が日本人よりも低い貧弱な老人で、何の病気かわからないが骨と皮ばかりに瘠せ衰えている。綺麗に剃り上げた頬の皺は、濡れた紙のように弾力を失って、甲板の上からトロンと見据えた大きな真珠色の瞳は、夢遊病者のソレのようにウットリと下関駅の灯を映している。白茶気た羅紗の旅行服に、銀鼠色のフェルト帽を眉深く冠って、カンガルー皮の靴を音もなく運んで来た姿は、幽霊さながらの弱々しい感じである。手荷物は赤帽に托したものらしい。瘠せ枯れた生白い手には細い、銀頭の竹のステッキを一本抓んでいるきり、何も持っていない。甲板まで見送って来た連絡船のボーイ連にチョット脱帽したが、頭は真白く禿げたツルツル坊主であった。
 ボーイ連も何となく彼の姿を奇妙に感じたのであろう。高い甲板の上から五六人、瞳を揃えて遠ざかって行く彼のうしろ姿を見送っていた。彼もタッタ一人でトボトボと税関の前アタリまで来ると何かしら不安を感じたらしく、眩しい電燈の下で立停まって、そこいらを見まわしていたが、その中に、三等船室の方から一人の背の高い、モーニングを着た、顔にアバタのある朝鮮人らしい紳士が降りて来るのを見ると、初めて安心したらしくチョコチョコと歩き出して、そのアトを追いかけ始めた。
 朝鮮紳士はソンナ事を気付かぬらしくサッサと桟橋を渡って下関駅の改札口を出た。そのままコソコソと人ごみの蔭に隠れると何気もない体で振り返って、今の小さな西洋人が、新しいハンカチで額の汗を拭き拭き八時三十分発急行列車富士号の方へヨチヨチと歩いて行くのを見送ると、直ぐに公衆電報取扱所へ走り寄って、前から準備して書いていたらしい電報を一通打った。
「レコード」シモノセキツク」フジニノル」
 打電先は東京銀座尾張町×丁目×番地、コンドル・レコード商会古川某であった。
 打ってしまうと朝鮮紳士は自分の背後に順番を待っているらしいデップリした、色の黒い、人相の悪い中年の紳士を振り返ってジロリと睨み付けた……が……しかしその人相の悪い紳士は見向きもせずに、自分の電報を窓口に置いて切手を嘗めてトントンと叩き付けて差出した。そうして係員が受取るのを、やはり見向きもせずに駅を出て、程近い駅前の山陽ホテルにサッサと這入って行った。
 山陽ホテルの駅前街路を見晴らす豪華な一室に、立派な緞子の支那服を着た、鬚髯と眉毛の長い巨漢が坐っていた。白々と肥満した恰好から、切れ目の長い一重瞼まで縦から見ても横から見ても支那人としか思えなかったが、その前にツカツカと近づいた今の人相の悪い紳士が恭しく一礼すると、その支那人風の巨漢は鮮やかなドッシリした日本語で喋舌り出し…

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