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鵠沼雑記
くげぬまざっき
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「芥川龍之介全集 第四巻」 筑摩書房
1971(昭和46)年6月5日
入力者j.utiyama
校正者j.utiyama
公開 / 更新1999-02-15 / 2014-09-17
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 僕は鵠沼の東屋の二階にぢつと仰向けに寝ころんでゐた。その又僕の枕もとには妻と伯母とが差向ひに庭の向うの海を見てゐた。僕は目をつぶつたまま、「今に雨がふるぞ」と言つた。妻や伯母はとり合はなかつた。殊に妻は「このお天気に」と言つた。しかし二分とたたないうちに珍らしい大雨になつてしまつた。

     ×

 僕は全然人かげのない松の中の路を散歩してゐた。僕の前には白犬が一匹、尻を振り振り歩いて行つた。僕はその犬の睾丸を見、薄赤い色に冷たさを感じた。犬はその路の曲り角へ来ると、急に僕をふり返つた。それから確かににやりと笑つた。

     ×

 僕は路ばたの砂の中に雨蛙が一匹もがいてゐるのを見つけた。その時あいつは自動車が来たら、どうするつもりだらうと考へた。しかしそこは自動車などのはひる筈のない小みちだつた。しかし僕は不安になり、路ばたに茂つた草の中へ杖の先で雨蛙をはね飛ばした。

     ×

 僕は風向きに従つて一様に曲つた松の中に白い洋館のあるのを見つけた。すると洋館も歪んでゐた。僕は僕の目のせゐだと思つた。しかし何度見直しても、やはり洋館は歪んでゐた。これは不気味でならなかつた。

     ×

 僕は風呂へはひりに行つた。彼是午後の十一時だつた。風呂場の流しには青年が一人、手拭を使はずに顔を洗つてゐた。それは毛を抜いた[#挿絵]のやうに痩せ衰へた青年だつた。僕は急に不快になり、僕の部屋へ引返した。すると僕の部屋の中に腹巻が一つぬいであつた。僕は驚いて帯をといて見たら、やはり僕の腹巻だつた。(以上東屋にゐるうち)

     ×

 僕は夢を見てゐるうちはふだんの通りの僕である。ゆうべ(七月十九日)は佐佐木茂索君と馬車に乗つて歩きながら、麦藁帽をかぶつた馭者に北京の物価などを尋ねてゐた。しかしはつきり目がさめてから二十分ばかりたつうちにいつか憂鬱になつてしまふ。唯灰色の天幕の裂け目から明るい風景が見えるやうに時々ふだんの心もちになる。どうも僕は頭からじりじり参つて来るのらしい。

     ×

 僕はやはり散歩してゐるうちに白い水着を着た子供に遇つた。子供は小さい竹の皮を兎のやうに耳につけてゐた。僕は五六間離れてゐるうちから、その鋭い竹の皮の先が妙に恐しくてならなかつた。その恐怖は子供とすれ違つた後も、暫くの間はつづいてゐた。

     ×

 僕はぼんやり煙草を吸ひながら、不快なことばかり考へてゐた。僕の前の次の間にはここへ来て雇つた女中が一人、こちらへは背中を見せたまま、おむつを畳んでゐるらしかつた。僕はふと「そのおむつには毛虫がたかつてゐるぞ」と言つた。どうしてそんなことを言つたかは僕自身にもわからなかつた。すると女中は頓狂な調子で「あら、ほんたうにたかつてゐる」と言つた。

     ×

 僕はバタの罐をあけながら、軽井沢の夏を思ひ…

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