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子猫
こねこ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「寺田寅彦随筆集 第二巻」 岩波文庫、岩波書店
1947(昭和22)年9月10日、1964(昭和39)年1月16日第22刷改版
初出「女性」1923(大正12)月1月
入力者田辺浩昭
校正者かとうかおり
公開 / 更新1999-11-24 / 2014-09-17
長さの目安約 19 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 これまでかつて猫というもののいた事のない私の家庭に、去年の夏はじめ偶然の機会から急に二匹の猫がはいって来て、それが私の家族の日常生活の上にかなりに鮮明な存在の影を映しはじめた。それは単に小さな子供らの愛撫もしくは玩弄の目的物ができたというばかりでなく、私自身の内部生活にもなんらかのかすかな光のようなものを投げ込んだように思われた。
 このような小動物の性情にすでに現われている個性の分化がまず私を驚かせた。物を言わない獣類と人間との間に起こりうる情緒の反応の機微なのに再び驚かされた。そうしていつのまにかこの二匹の猫は私の目の前に立派に人格化されて、私の家族の一部としての存在を認められるようになってしまった。
 二匹というのは雌の「三毛」と雄の「たま」とである。三毛は去年の春生まれで、玉のほうは二三か月おそく生まれた。宅へもらわれて来たころはまだほんとうの子猫であったが、わずかな月日の間にもう立派な親猫になってしまった。いつまでも子猫であってほしいという子供らの願望を追い越して容赦もなく生長して行った。
 三毛は神経が鋭敏であるだけにどこか気むずかしくてそしてわがままでぜいたくである。そしてすべての挙動にどことなく典雅のふうがある。おそらくあらゆる猫族の特性を最も顕著に備えた、言わば最も猫らしい猫の中の雌猫らしい雌猫であるかもしれない。実際よくねずみを捕って来た。家の中にはとうからねずみの影は絶えているらしいのに、どこからか大小いろいろのねずみをくわえて来た。しかし必ずしもそれを食うのではなく、そのままに打ちすてておいてあるのを、玉が失敬して片をつける事もあるようだし、また人間のわれわれが糸で縛って交番へ届ける事もあった。生存に直接緊要な本能の表現が、猫の場合ですらもうすでに明白な分化を遂げて、言わば一種の「遊戯」に変化しているのは注意すべき事だと思ったりした。
 玉のほうは三毛とは反対に神経が遅鈍で、おひとよしであると同時に、挙動がなんとなく無骨で素樸であった。どうかするとむしろ犬のある特性を思い出させるところがあった。宅へ来た当座は下性が悪くて、食い意地がきたなくて、むやみにがつがつしていたので、女性の家族の間では特に評判がよくなかった。それで自然にごちそうのいい部分は三毛のほうに与えられて、残りの質の悪い分け前がいつでも玉に割り当てられるようになっていた。しかし不思議なものでこの粗野な玉の食い物に対する趣味はいつとなしに向上して行って、同時にあのあまりに見苦しいほどに強かった食欲もだんだん尋常になって行った。挙動もいくらかは鷹揚らしいところができてきたが、それでも生まれついた無骨さはそう容易には消えそうもない。たとえば障子の切り穴を抜ける時にも、三毛だとからだのどの部分も障子の骨にさわる事なしに、するりと音もなくおどり抜けて、向こう側におり立つ足音もほと…

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