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藤の実
ふじのみ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「寺田寅彦随筆集 第四巻」 岩波文庫、岩波書店
1948(昭和23)年5月15日、1963(昭和38)年5月16日第20刷改版
初出「鉄塔」1933(昭和8)年2月
入力者田辺浩昭
校正者かとうかおり
公開 / 更新1999-11-24 / 2014-09-17
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 昭和七年十二月十三日の夕方帰宅して、居間の机の前へすわると同時に、ぴしりという音がして何か座右の障子にぶつかったものがある。子供がいたずらに小石でも投げたかと思ったが、そうではなくて、それは庭の藤棚の藤豆がはねてその実の一つが飛んで来たのであった。宅のものの話によると、きょうの午後一時過ぎから四時過ぎごろまでの間に頻繁にはじけ、それが庭の藤も台所の前のも両方申し合わせたように盛んにはじけたということであった。台所のほうのは、一間ぐらいを隔てた障子のガラスに衝突する音がなかなかはげしくて、今にもガラスが割れるかと思ったそうである。自分の帰宅早々経験したものは、その日の爆発の最後のものであったらしい。
 この日に限って、こうまで目立ってたくさんにいっせいにはじけたというのは、数日来の晴天でいいかげん乾燥していたのが、この日さらに特別な好晴で湿度の低下したために、多数の実がほぼ一様な極限の乾燥度に達したためであろうと思われた。
 それにしても、これほど猛烈な勢いで豆を飛ばせるというのは驚くべきことである。書斎の軒の藤棚から居室の障子までは最短距離にしても五間はある。それで、地上三メートルの高さから水平に発射されたとして十メートルの距離において地上一メートルの点で障子に衝突したとすれば、空気の抵抗を除外しても、少なくも毎秒十メートル以上の初速をもって発射されたとしなければ勘定が合わない。あの一見枯死しているような豆のさやの中に、それほどの大きな原動力が潜んでいようとはちょっと予想しないことであった。この一夕の偶然の観察が動機となってだんだんこの藤豆のはじける機巧を研究してみると、実に驚くべき事実が続々と発見されるのである。しかしこれらの事実については他日適当な機会に適当な場所で報告したいと思う。
 それはとにかく、このように植物界の現象にもやはり一種の「潮時」とでもいったようなもののあることはこれまでにもたびたび気づいたことであった。たとえば、春季に庭前の椿の花の落ちるのでも、ある夜のうちに風もないのにたくさん一時に落ちることもあれば、また、風があってもちっとも落ちない晩もある。この現象が統計的型式から見て、いわゆる地震群の生起とよく似たものであることは、すでに他の場所で報告したことがあった。
 もう一つよく似た現象としては、銀杏の葉の落ち方が注意される。自分の関係しているある研究所の居室の室外にこの木の大木のこずえが見えるが、これが一様に黄葉して、それに晴天の強い日光が降り注ぐと、室内までが黄金色に輝き渡るくらいである。秋が深くなると、その黄葉がいつのまにか落ちてこずえが次第にさびしくなって行くのであるが、しかしその「散り方」がどうであるかについては去年の秋まで別に注意もしないでいた。ところが去年のある日の午後なんの気なしにこの木のこずえをながめていたとき、ほと…

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