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神道の史的価値
しんとうのしてきかち
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「折口信夫全集 2」 中央公論社
1995(平成7)年3月10日
初出「皇国 第二百七十九号」1922(大正11)年2月
入力者小林繁雄
校正者多羅尾伴内
公開 / 更新2004-01-08 / 2014-09-18
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

長い旅から戻つて顧ると、随分、色んな人に逢うた。殊に為事の係りあひから、神職の方々の助勢を、煩すことが多かつた。中にはまだ、昔懐しい長袖らしい気持ちを革めぬ向きもあつたが、概して、世間の事情に通暁した人々の数の方が、どらかと言へば沢山であつたのには、実際思ひがけぬ驚きをした。此ならば「神職が世事に疎い。頑冥固陋で困る」など言ひたがる教訓嗜きの人々の、やいた世話以上の効果が生じて居る。而も、生じ過ぎて居たのは、案外であつた。社地の杉山の立ち木何本。此価格何百円乃至何千円。そろばん量りの目をせゝる事を卑しんで、高楊枝で居た手は、新聞の相場表をとりあげる癖がつきかけて居る。所謂「官の人」である為には、自分の奉仕する神社の経済状態を知らない様では、実際曠職と言はねばならぬ。
併しながら此方面の才能ばかりを、神職の人物判定の標準に限りたくはない。又其筋すぢの人たちにしても、其辺の考へは十二分に持つてかゝつて居るはずである。だが、此調子では、やがて神職の事務員化の甚しさを、歎かねばならぬ時が来る。きつと来る。収斂の臣を忌んだのは、一面、教化を度外視する事務員簇出の弊に堪へないからと言はれよう。政治の理想とする所が、今と昔とで変つて来て居るのであるから、思想方面にはなまじひの参与は、ない方がよいかも知れぬ。
唯、一郷の精神生活を預つて居る神職に、引き宛てゝ考へて見ると、単なる事務員では困るのである。社有財産を殖し、明細な報告書を作る事の外に、氏子信者の数へきれぬ程の魂を托せられて居ると言ふ自覚が、持ち続けられねばならぬ。思へば、神職は割りのわるい為事である。酬いは薄い。而も、求むる所は愈加へられようとして居る。せめて、一代二代前の父や祖父が受けたゞけの尊敬を、郷人から得る事が出来れば、まだしもであるが、其氏子・信者の心持ちの方が、既に変つて了うて居る。田圃路を案内しながら、信仰の今昔を説かれた、ある村のある社官の、寂し笑みには、心の底からの同感を示さないでは居られなかつた。
其神職諸君に、此上の註文は、心ない業と、気のひける感じもする。けれども、お互に道の為、寂しい一本道を辿り続けて居る身であつて見れば、渋面つくつてゞも此相談は聴き入れて貰はねばならぬ。世間通になる前に、まづ学者となつて頂きたい。父、祖父が、一郷の知識人であつた時代を再現するのである。私ども町方で育つた者は、よく耳にした事である。今度、見えた神主は、どう言ふ人か。かうした問ひに対して、思ふつぼに這入る答へは、いつも「腰の低いお人だ」と言ふのであつた。明治も、二・三十年代以後の氏子は、神職の価値判断の標準を、腰が低いと言ふ処に据ゑて居た。かう言ふ地方も、随分ある。一郷を指導する知識の代りに、氏子も、総代の頤の通りに動く宮守りを望んで居たのである。
かうした転変のにがりを啜らされて来た神職の方々にとつては、「…

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