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高御座
たかみくら
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「折口信夫全集 2」 中央公論社
1995(平成7)年3月10日
初出「国学院雑誌 第三十四巻第三号」1928(昭和3)年3月
入力者小林繁雄
校正者多羅尾伴内
公開 / 更新2004-01-11 / 2014-09-18
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

〔一〕 明神御宇日本天皇詔書……云々咸聞。
〔二〕 明神御宇天皇詔旨……云々咸聞。
〔三〕 明神御大八洲天皇詔旨……云々咸聞。
〔四〕 天皇詔旨……云々咸聞。
〔五〕 詔旨……云々咸聞。
此は、令に見えた詔書式である。〔一〕・〔二〕は、蕃国の使に宣する場合の大事・次事によつて分けられた形式である。等しく、此詞を、開口として、宣り下されるものであつた。〔三〕・〔四〕・〔五〕の三つは、国内の事に関する大事・中事・小事を宣り別ける詔書の様式である。此様に複雑に、書き別けられるやうになつた以前の、形を考へて見たい。
たゞ今のところ、私の考へでは、内外を通じて、大事には「あきつみかみと、大八洲しろしめす、天皇詔書と」といつた形を以てしたものと思うてゐる。其が、外蕃との関係を深く考へるやうになつてから、〔一〕・〔二〕を最も重いものとして、表現し始めたのである。
続日本紀を見て、第一に受ける印象は、大倭根子天皇なる称号が、御歴代の御名の上に付いてゐる事である。此は、疑ひもなく、詔旨・宣命のもつ信仰から出たものと思はれる。更に言へば、即位式ののりとが、印象深く、其天子の御一代を掩ふ事になる為と思ふ。即位ののりとと云ふものは、古くは、其が初春で、同時に新嘗の直後に、宣り下されたものと、推論する事の出来る多くの根拠がある。だから、のりと及びよごとが、即位式・大嘗祭・元旦朝賀に共通して用ゐられ、或は、其用途が混同してゐるとさへ、見られるやうになつたのである。
今も述べた様に、私は、元旦を以て、大嘗祭・即位式の、同時に行はれた古代の国家の年中行事を考へてゐる。言ひ換へれば、天子、毎年、新に蘇らせられると言ふ信仰の下に、其産声を意味する祝詞が、御代始めの祝詞ともなり、同じ考へから、時に行はれた大嘗祭の祝詞となり、或は、元旦ののりととも、分れて行つたのであつた。古代には、第一回の元旦ののりとが、其後、毎年、新しい詞章として、繰り返へされてゐた。然も其が、形式化した常用文句としてゞなく、新鮮な、権威ある詞として、常に考へられてゐたのであつた。此が、即位ののりとと、元旦の詔旨との間に、区別の殆どない理由である。
謂はゞ、元旦の詔旨は、即位ののりとを、毎年くり返すものであつた。大倭根子天皇と云ふ枕詞とも言ふべき成語は、単に、讃名ではなかつた。新しく、そこに、霊力を享けて、復活した聖者である事を意味するのだ。
根子は、山城根子・浪速根子の類から、大田々根子に到るまで、ある地方の、神人の最高位に居る者の意味であつた。大和の神人の、最高の人となるが故に、天子の稜威は生じるのであつた。しかも、神人にして、時に神自体(かむながら)の資格を有つ事があつた。其場合に、あきつみかみと云々、といふ形容句を付けて、神及び神人なる聖者を意味する様になつたのである。既に此古神道の根本精神は述べて置いたが、聖者の誕生…

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