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藪の中
やぶのなか
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「現代日本文學全集 第三〇篇 芥川龍之介集」 改造社
1928(昭和3)年1月9日
初出「新潮」1922(大正11)年1月1日
入力者高柳典子
校正者岡山勝美
公開 / 更新2012-03-25 / 2014-09-16
長さの目安約 17 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

檢非違使に問はれたる木樵りの物語

 さやうでございます。あの死骸を見つけたのは、わたしに違ひございません。わたしは今朝何時もの通り、裏山の杉を伐りに參りました。すると山陰の藪の中に、あの死骸があつたのでございます。あつた所でございますか? それは山科の驛路からは、四五町程隔たつて居りませう。竹の中に痩せ杉の交つた、人氣のない所でございます。
 死骸は縹の水干に、都風のさび烏帽子をかぶつた儘、仰向けに倒れて居りました。何しろ一刀とは申すものの、胸もとの突き傷でございますから、死骸のまはりの竹の落葉は、蘇芳に滲みたやうでございます。いえ、血はもう流れては居りません。傷口も乾いて居つたやうでございます。おまけに其處には、馬蠅が一匹、わたしの足音も聞えないやうに、べつたり食ひついて居りましたつけ。
 太刀か何かは見えなかつたか? いえ、何もございません。唯その側の杉の根がたに、繩が一筋落ちて居りました。それから、――さうさう、繩の外にも櫛が一つございました。死骸のまはりにあつたものは、この二つぎりでございます。が、草や竹の落葉は、一面に踏み荒されて居りましたから、きつとあの男は殺される前に、餘程手痛い働きでも致したのに違ひございません。何、馬はゐなかつたか? あそこは一體馬なぞには、はひれない所でございます。何しろ馬の通ふ路とは、藪一つ隔たつて居りますから。

檢非違使に問はれたる旅法師の物語

 あの死骸の男には、確かに昨日遇つて居ります。昨日の、――さあ、午頃でございませう。場所は關山から山科へ、參らうと云ふ途中でございます。あの男は馬に乘つた女と一しよに、關山の方へ歩いて參りました。女は牟子を垂れて居りましたから、顏はわたしにはわかりません。見えたのは唯萩重ねらしい、衣の色ばかりでございます。馬は月毛の、――確か法師髮の馬のやうでございました。丈でございますか? 丈は四寸もございましたか? ――何しろ沙門の事でございますから、その邊ははつきり存じません。男は、――いえ、太刀も帶びて居れば、弓矢も携へて居りました。殊に黒い塗り箙へ、二十あまり征矢をさしたのは、唯今でもはつきり覺えて居ります。
 あの男がかやうになろうとは、夢にも思はずに居りましたが、まことに人間の命なぞは、如露亦如電に違ひございません。やれやれ、何とも申しやうのない、氣の毒な事を致しました。

檢非違使に問はれたる放免の物語

 わたしが搦め取つた男でございますか? これは確かに多襄丸と云ふ、名高い盜人でございます。尤もわたしが搦め取つた時には、馬から落ちたのでございませう、粟田口の石橋の上に、うんうん呻つて居りました。時刻でございますか? 時刻は昨夜の初更頃でございます。何時ぞやわたしが捉へ損じた時にも、やはりこの紺の水干に、打出しの太刀を佩いて居りました。唯今はその外にも御覽の通り、弓矢の…

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