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六日間
むいかかん
作品ID2552
副題(日記)
にっき
著者与謝野 晶子
文字遣い新字旧仮名
底本 「文章世界」 博文館
1912(明治45)年4月号
入力者武田秀男
校正者門田裕志
公開 / 更新2003-02-28 / 2014-09-17
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 三月七日
 机の前に坐ると藍色の机掛の上に一面に髪の毛の這つて居るのが日影でまざまざと見えた。私はあさましくなつて、何時の間にか私の髪がこんなに抜け零れて、さうして払つてもどうしても動かずに、魂のあるやうにかうして居るのかとじつと見て居た。さうすると落ち毛が皆一寸五分位の長さばかりであるのに気がついた。また昨日の朝八峰の人形の毛が抜けたと云つて此処へ来て泣いて居たのを思ひ出した。頭が重い日である。源氏の藤の裏葉を七枚程書いた処へ、画報社から写真を撮しに来た。七瀬と八峰が厭がつたから私と麟とだけで撮つて貰つた。私は着物を着更へた序でであるし、頭も悪いのであるから買物にでも行つて来ようと思つた。高野豆腐の煮附と味附海苔で昼の食事をして私は家を出た。××新聞社に用があつたから数寄屋橋で電車を降りた。××さんが居なかつたから××新聞社へ行つたのは無駄だつた。有楽町の河岸を歩きながら、尼さんのやうなものをばかり食べて居るからこればかしの道でも苦しいのだと情けなく思つた。三越の二階で羽織を一枚染めるのを頼んだ。二三日前の夜ふと考へて面白がつた酔興のことも、いよ/\紫紺にしてくれと云ふ時にはもう恥しくなつて廃めようかと迄思つたのであつた。
『少しおはででは御座いませんでせうか。』
と云つた番頭さんに私は自分のぢやないと云つた。紙入を一つと布団の裏地を一疋と晒を二反買つて届けて貰ふ事にした。神保町の通りで近頃出来た襟店が安物ばかり並べてあるのが何だか可哀相な気がして立つて見て居ると、小僧さんが何とかかとか云つてとうとう店の中へ私を入れてしまつた。元園町の女中に遣らうと思つて四十五銭と云ふ紅入のを一掛買つたが、外にも何か買はせようとする熱誠と云ふものが主人と小僧さんの顔に満ちて居るので、気が弱くなつて鼠地に蝶燕の模様のある襟を私のに買つた。腹立だしい気がした。平出さんへ寄つた。煙草が欲しいと云つたらエンチヤンテレスはないと笑はれた。私のために送別会をしてくれないやうに、着て出る着物がないから今からお頼みして置くのだと私は云つた。昨日も平野君がその話をして綺麗な自動車にあなたを載せて街を皆で歩かうかなどゝ云つて居たと平出さんは云つた。玉川堂で短冊を買つて帰つた。子供等は持つて帰つた林檎をおいしさうに食べるのであつたが、私は一片れも食べる気がしなかつた。夕飯の時に阪本さんが来た。留守の間に浅草の川上さんのお使が見えたさうである。
 八日
 昨夜は雅子さんの夢を見た。雅子さんに手紙を書かうかなどゝ朝の床の中では考へた。川上さんの女の書生さんが見え、吉小神さんが来た。昨日の続きの仕事をして居たが昼頃から少し頭痛がし出した。湯にでも入つて来ようと思つて、七瀬と八峰を伴れて湯屋へ行つた。帰つて来て髪を解いたがいよいよ頭痛が烈しくなつて身体の節々も痛くてならなくなつて来た。修さんが来て短…

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