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樹木とその葉
じゅもくとそのは
副題07 野蒜の花
07 のびるのはな
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「若山牧水全集 第七卷」 雄鷄社
1958(昭和33)年11月30日
入力者柴武志
校正者林幸雄
公開 / 更新2001-06-20 / 2014-09-17
長さの目安約 20 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

      その一

 酒の話。
 昨今私は毎晩三合づつの晩酌をとつてゐるが、どうかするとそれで足りぬ時がある。さればとて獨りで五合をすごすとなると翌朝まで持ち越す。
 此頃だん/\獨酌を喜ぶ樣になつて、大勢と一緒に飮み度くない。つまり強ひられるがいやだからである。元來がいけるたちなので、強ひられゝばツイ手が出て一升なりその上なりの量を飮み納める事もその場では難事でない。たゞ、あとがいけない。此頃の宿醉の氣持のわるさはこの一二年前まで知らなかつたことである。それだけ身體に無理がきかなくなつたのだ。
 對酌の時は獨酌の時より幾らか量の多いのを厭はない。つまり三合が四合になつても差支へない樣だ。獨酌五合で翌朝頭の痛むのが對酌だと先づそれなしに濟む。けれどその邊が頂點らしい。七合八合となるともういけない。
 人の顏を見れば先づ酒のことをおもふのが私の久しい間の習慣になつてゐる。酒なしには何の話も出來ないといふ樣ないけない習慣がついてゐたのだ。やめよう/\と思ふ事も久しいものであつたが、どうやら此頃では實行可能の域にだけは入つた樣だ。何よりも對酌後の宿醉が恐いからである。
 運動をして飮めば惡醉をせぬといふ信念のもとに、飮まうと思ふ日には自ら鍬を振り肥料を擔いで半日以上の大勞働に從事する創作社々友がいま私の近くに住んでゐる。この人はもと某專門學校の勅任教授をしてゐた中年の紳士であるが、さうして飮まれる量は僅かに一合を越えぬ樣である。その一合を飮むためにそれだけの骨を折ることは下戸黨から見ればいかにも御苦勞さまのことに見えるかも知れない。然し得難い樂しみの一つを得るがための努力であると見れば、これなども事實貴重な事業に相違ない。まつたく身體または心を働かせたあとに飮む酒はうまい。旅さきの旅籠屋などで飮むののうまいのも一に是に因るであらう。
 旅で飮む酒はまつたくうまい。然し、私などはその旅さきでともすると大勢の人と會飮せねばならぬ場合が多い。各地で催さゝる歌會の前後などがそれである。酒ずきだといふことを知つてゐる各地方の人たちが、私の顏を見ると同時に、どうかして飮ましてやらう醉はせてやらうと手ぐすね引いて私の一顰一笑を見守つてゐる。從つて私もその人たちの折角の好意や好奇心を無にしまいため強ひてもうまい顏をして飮むのであるが、事實は甚ださうでない場合が多いのだ。これは底をわると兩方とも極めて割の惡い話に當るのである。
 どうか諸君、さうした場合に、私には自宅に於いて飮むと同量の三合の酒を先づ勸めて下さい。それで若し私がまだ欲しさうな顏でもしてゐたらもう一本添へて下さい。それきりにして下さい。さうすれば私も安心して味はひ安心して醉ふといふ態度に出ます。さうでないと今後私はそうした席上から遠ざかつてゆかねばならぬ事になるかも知れない。これは何とも寂しい事だ。
 獻酬といふの…

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