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ワルシャワのメーデー
ワルシャワのメーデー
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第九巻」 新日本出版社
1980(昭和55)年9月20日
初出「女人芸術」1931(昭和6)年5月号
入力者柴田卓治
校正者米田進
公開 / 更新2002-11-22 / 2014-09-17
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 一九二九年私どもはモスクワからヨーロッパへ旅行に出かけて、ポーランドの首府ワルシャワへちょうど四月三十日の夕方についた。
 雨が降っている。小さな荷物を赤帽に持たせて、改札口へ歩いて行くと、人混みの中からツバのヒラヒラしたソフト帽をかぶった若い男が現れた。そして愛嬌のいい顔をして、英語で「ホテルはどちらへお泊りですか」と声をかけた。
 わたしは、ソラ出たと思った。何故なら、ポーランド人の中にはいろいろな曖昧な職業に従事するものがひどく多いことは、昔、ドストイェフスキーの小説「賭博者」を読んだ時から知っている。ロシア人はこんな格言を持っている。
 ――ポーランド人はなんにもない所から立派なズボンをこしらえる――
 つまりとてもコスイ、油断がならぬと云うわけだ。もっともこのポーランド人の猾さには、ながい政治的な理由が背景となっている。
 帝政時代のロシアはポーランドを政治的にも経済的にもひどくいためつけた。ポーランドのプロレタリアートは被圧迫民族として、乏しい中で生きる道をみつけなければならなかったから、従って鷹揚な気分でいるはずはない。
 現在でもポーランドは独立はしたが、資本主義経済の行づまりの影響をひどく受けて、およそ三十万以上の失業者を持っている。次第に尖鋭になる階級闘争を、ピルスーヅスキーの軍国主義独裁の政治で圧えつけている。
 そういう社会的状勢は知っているが、どうもソフト帽の若者にゴマノハイをやられる気にはならない。黙ってドンドン、ステーションを出ると、今度は車寄せのところで、我々が馬車を傭おうとする、そこへたかって来て、また口を出す。わたしはひどく愛嬌のない声で「あなたの御親切はありがたいが、どうぞほっておいて下さい。あなたの知ったことではないのだから」と云った。
 雨の降る日暮方の街を通ってホテルの玄関へついた。すると、驚いたことには何時のまにかもう、さっきのソフト帽の男が玄関に待っていて、わたしたちが馬車を出るや否や、荷物に手をかけた。今度愛嬌のない声を出したのはわたしのつれの番だ。彼女はロシア語で叫んだ。
「あなたは誰です、さわらないで下さい」
 部屋がきまって二階へ上って行く。その途中でボーイに、
「あの男を知っているの? ここのもの?」
と、きくとボーイは逆に妙な顔をして、
「ヘエ? あなたのお知り合いだと思ってましたが、そうじゃなかったんですか」
と云う次第だ。
 窓からみると外は小さい公園だ。
 並木がある。下にベンチがある。傘をささない男が一人ノロノロ雨の中をやってきて、そのベンチに腰をかけた。ベンチはもちろんずぶぬれだ。男はややしばらく腰をかけていたが、また先へ歩き出した。
 雨はひどくなってアスファルトの上へ雨あしをはじいている。賑やかな街の灯は高い家々の間から公園の向う、男が歩いて行った方とは逆の方に輝いている。
 明日は…

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