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ヒューマニズムの諸相
ヒューマニズムのしょそう
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十一巻」 新日本出版社
1980(昭和55)年1月20日
初出「雑記帳」1937(昭和12)年3月号
入力者柴田卓治
校正者米田進
公開 / 更新2003-03-19 / 2014-09-17
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 日本にヒューマニズムのことが言われはじめたのは、この一二年来のことであり、主としてフランスの今日の文学を支配している活動的なヒューマニズムの影響を受けたものであった。一九三二年以来日本の社会的事情は急激に変化して、プロレタリア文学は退潮を余儀なくされ、その背後の社会的な力は同時にブルジョア文学をも著しく萎靡させた。それに反撥する要求として、一部の作家から文学に於ける能動的精神ということが言われ初めた。
 この能動精神は、当時文学の置かれていた所謂文壇的雰囲気の狭さ、無気力さ、非行動性に満足しない感情、即ちこの人生と文学とに対してより積極的な、能動的な人間性の発露を目標としたのであったが、この能動的精神の提唱者たちは、自身の提唱を一つの実際的な生活的、文学的潮流となし得るまでに具体的な方向を持っていなかった。漫然と能動ということを言い、ローレンス等が紹介された。ファシズムをこれ等の人々は否定した。それと同時に、人間の能動的精神は、従来謂われて来た内容でのマルクシズムの思想でもないことを強調した。中間のものとして、自由主義的なものとして自身を押し出した。しかしながら、現実社会の複雑な事情を反映し、整理し、その間から文化的な発展性を引き出して行くためには、この抽象化された能動性、自由主義的立場というものは、結局為すところの少いものであった。
 ヒューマニズムは、能動的精神が提唱された時に本来的に欠けていた一つの思想的核ともいわれるようなものを持っている。これはヒューマニズムがそれに先行した能動的精神の提唱に比べて、はるかに我々の日常生活に於て社会的に、文化的に作用を及ぼす実践の可能を含んでいる特徴的な点である。ヒューマニズムは、ファシズムに明瞭に対立している。ファシズムの強権と横暴から人間の理性と合理性と自主性とを守ることを根本の目じるしとしている。その人類共同の目的に向って参加して来る者は何者をも拒むまいとしている。国内的にそのことが言われると同時に、国際的にも同じ事情に置かれており、それぞれの国の知識人をこめての大衆が、自分たちの人間性をファシズムの轍から守ろうとする、その要求と行動とに於て、世界的に互が結ばれていることを感じているのである。
 従って、それぞれの国に於てヒューマニズムの現れは独自的な形をとっている。例えばフランスではヒューマニズムの運動は政治上の人民戦線政府の確立を土台として、文学芸術の方向を強い力で反ファシズムの方向へ動かしている。フランスで文化擁護の大会が持たれたりしたことは、ロマン・ローランの最近の文化的活動の傾向と共にはっきり我々に示されている。
 ドイツでは、またおのずから違った形で現れている。ヒットラー政権の下では、自由主義的な芸術家が国外へ追放され、政治的移民としてアムステルダムやパリに住み、世界文学史の上に前例のなかった移民…

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