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歴史の落穂
れきしのおちぼ
副題鴎外・漱石・荷風の婦人観にふれて
おうがい・そうせき・かふうのふじんかんにふれて
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十一巻」 新日本出版社
1980(昭和55)年1月20日
初出「国文学解釈と鑑賞」1938(昭和13)年1月号
入力者柴田卓治
校正者米田進
公開 / 更新2003-03-31 / 2014-09-17
長さの目安約 18 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 森鴎外には、何人かの子供さんたちのうちに二人のお嬢さんがあった。茉莉と杏奴というそれぞれ独特の女らしい美しい名を父上から貰っておられる。杏奴さんは小堀杏奴として、いわば自分の咲き出ている庭の垣の彼方を知らないことに何の不安も感じない、自然な嬉々とした様子で身辺の随筆などをこの頃折々発表しておられる。
 お姉さんの茉莉さんがまだ幼くておさげの時分、私は何かの雑誌でその写真を見たことがあった。写真であるから色はもとより分らないが、感じで赤いちりめんと思われる衿をきちんとかさねた友禅の日本服の胸へ、頸飾のようなものがかかっていた。おさげに結ばれている白い大きいリボンとその和服の襟元を飾っている西洋風の頸飾とは、茉莉という名前の字がもっている古風にして新鮮な味いとともにたいへん私の記憶にのこった。年月のたった今あの写真の印象を思いおこして見るとあの一葉の少女の像には当時の日本の知識階級人の一般の趣向を遙にぬいた御両親の和洋趣味の優雅な花が咲いていたのだと思われる。
 森さんの旧邸は今元の裏が表口になっていて、古めかしい四角なランプを入れた時代のように四角い門燈が立っている竹垣の中にアトリエが見えて、竹垣の外には団子坂を登って一息入れる人夫のために公共水飲場がある。傍にバスの停留場がある。ある日、私がその赤い円い標識のところにぼんやりたたずんでいたら、森さんの門があいて、一人の若い女のひとが出て来た。そして小走りに往来をつっきってはす向いの炭屋へゆき、用事がすんだと見えてすぐまた往来を森さんの門に戻って来て戸がしめられた。それは昔の写真の少女の面影をもっていた。美しい人で同時に寂しそうであった。それからまた別の日に、私は団子坂のところで流しの円タクをひろった。ドアをしめて、腰をおろし、車が動き出したと思ったら、左手の窓のすぐ横のところには一人の若い女のひとの顔が見えた。かすかな笑いの影が眼のなかにあって、静かにこっちを見ている。再び私はその顔を、ああと写真の少女の面影に重ねて思い、そちこちに向って流れる感情を覚えた。だがそれなりに走りすぎてしまった。
 本年の夏は、例年東京の炎天をしのぎ易くする夕立がまるきりなかった。屋根も土も木も乾きあがって息づまるような熱気の中を、日夜軍歌の太鼓がなり響き、千人針の汗と涙とが流れ、苦しい夏であった。長谷川時雨さんの出しておられるリーフレットで、『輝ク』というものがある。毎月十七日に発行されているのであるが、八月十七日の分に、「銃後」というきわめて短い感想を森茉莉氏が書いておられた。それは僅か、二三枚の長さの文章である。「私達はいつの間にかただの女ではなく『銃後の女性』になってしまっていた。一朝事があれば私も『銃後の女性』という名にぴったりした行動は取れなくても、避難の時までものを見、感じ、書く、という形で銃後を守る心持はあるが」…

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