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バルザックに対する評価
バルザックにたいするひょうか
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十巻」 新日本出版社
1980(昭和55)年12月20日
初出「文学古典の再認識」芸術遺産研究会編、現代文化社、1935(昭和10)年2月号
入力者柴田卓治
校正者米田進
公開 / 更新2003-02-15 / 2014-09-17
長さの目安約 64 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 偉大な作家の生涯の記録とその作品とによって今日までのこされている社会的又芸術的な具体的内容は、常に我々にとって尽きぬ興味の源泉であるが、中でも卓越した少数の世界的作家の制作的生涯というものは、後代、文学運動の上に何かの意味で動揺・新たな方向への模索が生じた時期に、必ず改めて究明・再評価の対象として広汎な読者大衆の手にとりあげられるものであると思う。
 トルストイの作品とその生涯との社会的意味は、最近の過去十六七年間に彼の同時代人には見抜くことが不可能であったような生々とした歴史的・階級的特徴を明らかにして、世界文学の発展のために摂取せられたよろこばしい事実を、私共は目撃しているのである。
 一九三三年から三四年にかけて、日本ではバルザックの作品が急激に流布した。全集刊行が着手され、ゲーテ協会に対するバルザック協会が組織され、少し誇張した形容を許されるならば、文学について語るほどの者で一度もバルザックの名を口にしない者はないという現象を呈したのである。
 大体、過去においてバルザックの作品は寧ろ等閑にふせられすぎていた傾きがあった。日本の文学愛好家の大多数は、モウパッサンの作品より尠くしかバルザックを読んでいないという実状にあったと思う。それ故今日、このトゥール生れの、僅か二十年足らずの間に「人間喜劇」九十六篇のほか小論文五百十四、戯曲六篇という尨大な制作を行い、しかも生涯借金に悩まされどおしで死んだ横溢的な世界的作家に母国語で親しめるということは、我々にとって遅すぎたとしても決して早すぎて到来した機会と言えないのである。
 しかし、昨今作家及び文学愛好者の間に生じたバルザック熱ともいうべきものを、その社会的要因にまでふれて観察した場合、はたして、それが文学の正常な発展のために積極的な意味だけをもつものであると言い切れるであろうか? 答えは、おのずから複雑であろうと思われるのである。
 文学史の面から見ても、日本の一九三三――三四年は特筆されるべき内容をもった二年であった。一九三三年の初夏、佐野学・三田村・鍋山等の共産主義者としての理論の抛棄と日本の侵略戦争を肯定する画期的な裏切りは、勤労階級の解放運動に未曾有の頓挫を来したばかりでなく、文学をも混乱におとしいれた。プロレタリア文学の領域には、前後して社会主義的リアリズムが提唱され、創作方法組織方法に関する猛烈な自己批判がまき起されていたのであったが、討論は十分新しい課題を正当に把握しきらないうちに、前年からしばしば弾圧を蒙っていた十年来のプロレタリア文学運動の活動家の大部分が情勢に敗北する等、文学における階級性の問題はこの期間に殆ど信じられぬ程度にまで紛糾し曖昧にされたのであった。
 文学におけるこの階級性の抹殺は、自ら進んでそのように作用した一部のプロレタリア作家自身の生活と文学とに方向を失わせたばかりで…

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