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マクシム・ゴーリキイの伝記
マクシム・ゴーリキイのでんき
副題幼年時代・少年時代・青年時代
ようねんじだい・しょうねんじだい・せいねんじだい
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十巻」 新日本出版社
1980(昭和55)年12月20日
初出「多喜二と百合子」第14~19号、多喜二・百合子研究会、1956(昭和31)年2~9月号
入力者柴田卓治
校正者米田進
公開 / 更新2003-02-23 / 2014-09-17
長さの目安約 123 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

        前書

 一九三六年六月十八日。マクシム・ゴーリキイの豊富にして多彩な一生が終った。恰度ソヴェト同盟の新しい憲法草案が公表されて一週間ほど後のことであった。ゴーリキイはこの新憲法草案の公表によって引き起されたソヴェト同盟内のよろこびと、世界のそれに対する意味深い反応とを見て生涯を終った。それより前に、ゴーリキイが重病であるという記事を新聞で読み、毎朝新聞を開く毎にその後の報知が心にかかっていた。新しい憲法草案公表のことが報道された時、私はその事から動かされた自分の感情の裡に、ゴーリキイが自分の生涯の終りに於てこの輝かしい日に遭遇したということを思い合せ、ゴーリキイは出来るだけ生かしておきたい。しかし、もし死んだとしても、彼は歴史の一つの祝祭の中に葬られる。これは美しいよろこびにみちた生涯の結びでなくて何であろうか。そう思い、そしてゴーリキイの馴染み深い、重い髭のある顔と、広い肩つきとを思い浮べるのであった。
 一九三二年以後のゴーリキイ、芸術に於ける社会主義リアリズムの問題がとり上げられるようになって後のゴーリキイは、世界の文化にとって独特の影響を与えていた。五ヵ年計画の達成と、それによって引き起されたソヴェト同盟の社会的現実の変化は、さながら一つの強大な動力となって、マクシム・ゴーリキイが六十有余年の間に豊かに蓄えた人間的経験、作家としての鍛錬、歴史の発展に対する洞察力と確信などのすべてを溶かし合わせ、すべての価値を発揮させ、世界の進歩的な文化を守るために活動させたと観察される。「どん底」を書いたのは四十年近く前であり、その頃から各国語に翻訳されて読まれるという意味ではゴーリキイは若い時から世界的作家であった。しかし、最近数年ゴーリキイが世界的であったという意味は、それよりもっと深まったものであった。多くの人の興味を引くという意味で世界的であった彼は、晩年に於ては特に人類文化の正当な発展のために、今日の地球になければならない楔の一つとして、われわれ文化の進歩を確信するものすべてによって愛し、尊敬される存在となっていたのである。
 私がゴーリキイに会ったのは一九二八年であった。彼が七年ぶりに、イタリーからソヴェト同盟へ帰って来た時の事で、当時ゴーリキイは、ソヴェト同盟に自分が永住するかどうかということについても、はっきり心を決めていなかったようであったし、彼としては予想したよりはるかに盛大な、心からの歓迎に感動しつつ、今日から考えると、日の出前の空が、濃いとりどりの色で彩られているような、ある複雑な不決定と、期待、歓喜が彼の感情を満していたように察せられる。
 レーニングラードの六月の静かな朝。ヨーロッパ・ホテルの一室、十月大通りを見下す方に大きな窓が開いている。赤っぽい、そう新しくない絨毯が敷いてある。隣室へ通じるドアの近くにゴーリキイが腰…

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