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虚構の春
きょこうのはる
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「太宰治全集1」 ちくま文庫、筑摩書房
1988(昭和63)年8月30日
初出「文学界」1936(昭和11)年7月
入力者柴田卓治
校正者小林繁雄
公開 / 更新1999-07-20 / 2014-09-17
長さの目安約 110 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

     師走上旬

 月日。
「拝復。お言いつけの原稿用紙五百枚、御入手の趣、小生も安心いたしました。毎度の御引立、あり難く御礼申しあげます。しかも、このたびの御手簡には、小生ごときにまで誠実懇切の御忠告、あまり文壇通をふりまわさぬよう、との御言葉。何だか、どしんとたたきのめされた気持で、その日は自転車をのり廻しながら一日中考えさせられました。というのは、実を言えば貴下と吉田さんにはそういった苦言をいつの日か聞かされるのではないかと、かねて予感といった風のものがあって、この痛いところをざくり突かれた形だったからです。然し、そう言いながらも御手紙は、うれしく拝見いたしました。そうして貴下の御心配下さる事柄に対して、小生としても既に訂正しつつあるということを御報告したいのです。それは前陳の、予感があったという、それだけでも、うなずいて頂けると思います。何はしかれ、御手紙をうれしく拝見したことをもう一度申し上げて万事は御察し願うと共に貴下をして、小生を目してきらいではない程のことでは済まされぬ、本当に好きだといって貰うように心掛けることにいたします。吉田さんへも宜しく御伝え下され度、小生と逢っても小生が照れぬよう無言のうちに有無相通ずるものあるよう御取はからい置き下され度、右御願い申しあげます。なお、この事、既に貴下のお耳に這入っているかも知れませんが、英雄文学社の秋田さんのおっしゃるところに依れば、先々月の所謂新人四名の作品のうち、貴下のが一番評判がよかったので、またこの次に依頼することになっているという話です。私は商人のくせに、ひとに対して非常に好き、きらいがあって、すきな人のよい身のうえ話は自分のことのようにうれしいのです。私は貴下が好きなので、如上の自分の喜びを頒つ意味と、若し秋田さんの話が貴下に初耳ならば、御仕事をなさる上にこの御知らせが幾分なりとも御役に立つのではないかと実はこの手紙を書きました。そうして、貴下の潔癖が私のこのやりかたを又怒られるのではないかとも一応は考えてみましたが、私の気持ちが純粋である以上、若しこれを怒るならばそれは怒る方が間違いだと考えて敢えてこの御知らせをする次第です。但し貴下に考慮に入れて貰いたいのは、私のきらいな人というのは、私の店の原稿用紙をちっとも買ってくれない人を指して居るのではなく、文壇に在って芸術家でもなんでもない心の持主を意味して居ります。尠くともこの間に少しも功利的の考えを加えて居らぬことです。せめてこのことだけでも貴下にかって貰いたいものです。――まだ、まだ、言いたいことがあるのですけれども、私の不文が貴下をして誤解させるのを恐れるのと、明日又かせがなければならぬ身の時間の都合で、今はこれをやめて雨天休業の時にでもゆっくり言わせて貰います。なお、秋田さんの話は深沼家から聞きましたが、貴下にこの手紙書いたこ…

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