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労働者の居ない船
ろうどうしゃのいないふね
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「日本プロレタリア文学集・8 葉山嘉樹集」 新日本出版社
1984(昭和59)年8月25日
初出「解放」1926(大正15)年5月号
入力者林幸雄
校正者伊藤時也
公開 / 更新2010-02-24 / 2014-09-21
長さの目安約 19 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 こう云う船だった。
 北海道から、横浜へ向って航行する時は、金華山の燈台は、どうしたって右舷に見なければならない。
 第三金時丸――強そうな名前だ――は、三十分前に、金華山の燈台を右に見て通った。
 海は中どころだった。凪いでると云うんでもないし、暴化てる訳でもなかった。
 三十分後に第三金時丸の舵手は、左に燈台を見た。
 コムパスは、南西を指していた。ところが、そんな処に、島はない筈であった。
 コーターマスターは、メーツに、「どうもおかしい」旨を告げた。
 メーツは、ブリッジで、涼風に吹かれながら、ソーファーに眠っていたが、起き上って来て、
「どうしたんだ」
「左舷に燈台が見えますが」
「又、一時間損をしたな」と、メーツは答えて、コムパスを力一杯、蹴飛ばした。
 コンパスは、グルっと廻って、北東を指した。
 第三金時丸は、こうして時々、千本桜の軍内のように、「行きつ戻りつ」するのであった。コムパスが傷んでいたんだ。
 又、彼女が、ドックに入ることがある。セイラーは、カンカン・ハマーで、彼女の垢にまみれた胴の掃除をする。
 あんまり強く、按摩をすると、彼女の胴体には穴が明くのであった。それほど、彼女の皮膚は腐っていたのだ。
 だが、世界中の「正義なる国家」が連盟して、ただ一つの「不正なる軍国主義的国家」を、やっつけている、船舶好況時代であったから、彼女は立ち上ったのだった。
 彼女は、資本主義のアルコールで元気をつけて歩き出した。
 こんな風だったから、瀬戸内海などを航行する時、後ろから追い抜こうとする旅客船や、前方から来る汽船や、帆船など、第三金時丸を見ると、厄病神にでも出会ったように、慄え上ってしまった。
 彼女は全く酔っ払いだった。彼女の、コムパスは酔眼朦朧たるものであり、彼女の足は蹌々踉々として、天下の大道を横行闊歩したのだ。
 素面の者は、質の悪い酔っ払いには相手になっていられない。皆が除けて通るのであった。
 彼女は、瀬戸内海を傍若無人に通り抜けた。――尤も、コーターマスター達は、神経衰弱になるほど骨を折った。ギアー(舵器)を廻してから三十分もして方向が利いて来ると云うのだから、瀬戸中で打つからなかったのは、奇蹟だと云ってもよかった。――
 彼女は三池港で、船艙一杯に石炭を積んだ。行く先はマニラだった。
 船長、機関長、を初めとして、水夫長、火夫長、から、便所掃除人、石炭運び、に至るまで、彼女はその最後の活動を試みるためには、外の船と同様にそれ等の役者を、必要とするのであった。
 金持の淫乱な婆さんが、特に勝れて強壮な若い男を必要とするように、第三金時丸も、特に勝れて強い、労働者を必要とした。
 そして、そのどちらも、それを獲ることが能きた。
 だが、第三金時丸なり、又は淫乱婆としては、それは必要欠くべからざる事では、あっただろうが、何だって…

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