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ある回想から
あるかいそうから
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十三巻」 新日本出版社
1979(昭和54)年11月20日
初出「日本評論」1946(昭和21)年7月号
入力者柴田卓治
校正者米田進
公開 / 更新2003-05-06 / 2014-09-17
長さの目安約 14 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 日本には、治安維持法という題の小説があってよい。そう思われるくらい、日本の精神はこの人間らしくない法律のために惨苦にさらされた。
 先日、偶然のことから古い新聞の綴こみを見ていた。そしたら、一枚の自分の写真が目についた。髪をひきつめにして、絣の着物をきて、長火鉢のわきにすわっている。そして、むかいあいの対手に、熱心に話している。その顔が、横から夜間のフラッシュで撮されているのであった。興奮して、口を尖らかすようにしているその女の顔は、美しくない。せっぱつまって、力いっぱいという表情がある。年をへだて、事情の変ったいま眺めなおしたとき、その写真は私の心に憐憫を催おさせるのであった。
 一九三八年(昭和十三年)一月から、翌年のなかばごろまで、日本では数人の作家・評論家たちが、内務省の秘密な指図で、作品発表の機会を奪われた。そのころ内務省の中で、ジャーナリストたちを集めて、役所の注文をなす会合がもたれていた。そこで、何人かの文筆家が名ざされて、雑誌その他に執筆させないようにといわれたのであった。
 三七年の十二月三十一日の午後、私は、重い風呂敷包みを右手にかかえて、尾張町の角から有楽町の駅へむかって歩いていた。すると、いま、名を思い出せないけれども、ある新聞の学芸部の記者の人が、
「やア、どうです」
 近づいてきながら、大きい声でいった。
「感想はいかがです」
 わたしは、ゆっくり立ちどまって、挨拶をかえした。
「感想って……。私はこれから、稲子さんのところへ行くんだけれども……」
「へえ」
 ひどく案外らしく、
「知らないんですか」
といわれた。
「執筆禁止ですよ」
「誰が?」
「宮本百合子、中野重治それから――」何人かの姓名が告げられた。評論家も何人か入っている。窪川夫妻も、すれすれだろうということであった。私は、かかえた風呂敷包みの中に、ついそこで買ったお正月用の「きんとん」の包をもっていた。半分は、白いうずら豆の「きんとん」ではあったが、たっぷりあって、去年も、その前の年の暮にもしたように、稲子さんの子供たちと半分ずつわけようと、潰さないようにもっているのであった。
「じゃあ、ともかく稲子さんのところへ行ってみましょう」
「それがいいです、じゃ、いずれ――」
 わかれて、省線にのり、やはり「きんとん」の包みをかばいながら、高田馬場からなじみふかい小瀧橋への通りを歩きながら、なんともいえず奇妙な落つけない気分がした。生きている。歩いている。考えたり、感じたりしている。まざまざと、日々の現実が心にてりかえされてくる。だのにそれを表現してつたえてはいけないということは、永年ものを書いて生きてきた自分にとって、自分という存在が実体を失って影だけになって、動いているように信じがたく、変なのであった。
 稲子さんが、そのころ住んでいた家は、上り口のつきあたりが茶の間…

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