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世紀の「分別」
せいきの「ふんべつ」
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十三巻」 新日本出版社
1979(昭和54)年11月20日
初出「改造」1948(昭和23)年6月
入力者柴田卓治
校正者米田進
公開 / 更新2003-05-16 / 2014-09-17
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 日本の言葉に、大人気ない、という表現がある。誰の目から見てもあんまり愚劣だと思われることがらや、衆目が、そこに誹謗を見とおすような言動に対して、まともにそれをとりあげたり、理非を正したりすることは、日本の表現では大人気ない態度とされてきた。そういう場合には、あえて問題にしないで、笑ってすぎる態度が知性の聰明をあらわすポーズとされてきた。
 この大人気ない、いきりたちを自分に対して嫌い、きまりわるがる日本の知性の習慣は、過去数年間に、日本の知性をよりすこやかに生かすために何の役に立ってきただろう。むしろ、大人気なくあるまいとしたポーズそのもののなかに人間性も人間理性も追いこまれて、それなりに凍結させられ、やがて氷がとけたときとり出された知性は、鮮度を失って、急な温度の変化にあった冷凍物特有の悲しい臭気を放った現実を、大なり小なりわたしたちは経験してはいないだろうか。
 日本のファシズムが露骨に言論統制をはじめ、文化抑制を強行し、文学者の存在権は文学上の業績ではなくて軍御用の程度によって保障されるようになって行ったとき、ファシストでない大多数の人々は、もちろんその軍部の乱暴を感じていた。無知、野蛮な専横ぶりを軽蔑した。だけれども、誰にだってその無茶苦茶ぶりがわかりきっている横柄ずくなやりかたに、いまさら楯つくのは大人気ない、という感情は、あのころの日本の一般的な気持であった。どうせあっちは暴力で来ている、馬鹿と気狂いの対手はするものでない。あえて抗せずの態度であった。
 あの時分、日本の知性が「大人気ない」としてとった態度を思いかえすと、今になってはっきりしてくるいろいろな心理のコムプレックスがある。当時、国内国外呼応して発熱的に高まってきつつあったファシズムの暴力と圧力に対して、文化と教養に磨かれた精神はきわめて敏感であった。いつの時代でも、より精練された心情はより想像力に富んでいるから、当時の日本の知性は、ファシズムの野蛮さをめいめいの肉体の上に痛みとして感じ、不潔さとして嫌悪し、拷問を描いて恐怖した。日本の治安維持法は、実際に作家さえ虐殺したのだから。
 ところが、その繊細な、ある意味では人間らしい嫌悪や恐怖に、日本の社会の歴史的伝統の著しい特色が加わった。そして今日外国の知識人がおどろいてそのころの日本の状態を理解しがたく感じるほどの知的麻痺がひき起された。社会生活の現実で、「知らしむべからず・よらしむべきもの」としてあつかわれた人民そのものの無権利状態に、すべての人々がつきおとされたのであった。が、主観的な教養に育ってきたおびただしい理性は、各人のその屈辱的立場を自分にとって納得させやすくするために、暴力に屈して屈しない知性の高貴性や、内在的自我の評価或はシニシズムにすがって、現実の市民的態度では、いちように「大人気ない抵抗」を放棄した。そのとき、大…

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