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壺井栄作品集『暦』解説
つぼいさかえさくひんしゅう『こよみ』かいせつ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十三巻」 新日本出版社
1979(昭和54)年11月20日
初出壺井栄著「暦」解説、光文社日本文学選、1949(昭和24)年10月
入力者柴田卓治
校正者米田進
公開 / 更新2003-05-24 / 2014-09-17
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 小説をかくひととしての壺井栄さんが人々の前にあらわれたのは一九三八年(昭和十三年)の末のことであった。この集にはおさめられていない「大根の葉」という作品をよんだ人々は、これまでの婦人作家の誰ともちがった気質と話しぶりとをもっている一人の婦人作家をそこに発見したのだった。つづいて「暦」が栄さんの作家としての力量を動かしがたいものとして示した。
 作品集「暦」の出版記念会が一九四〇年(昭和十五年)の春にもたれたとき、テーブル・スピーチに立った人々は、云い合わせたように、壺井栄さんの温く明るく生活の営みを愛して生きぬいてゆく人間としての実力を高く評価した。同時に、ある人は、壺井栄さんがこの頃小説をかき出したにしては、非常に技術がしっかりしているのを、一つの不思議として話した。
 昭和十三年―十五年という年は、一方に戦争が拡大強行されて、すべての文化・文学が軍部、情報局の統制、思想検事の監視のもとにおかれるようになりはじめた時代だった。これまでの文学が、しかけていた話の中途でその主題をさえぎられたように方向を失い萎縮しはじめた時期だった。その半面に昭和十四年は、特に婦人作家たちの活躍した年として特徴づけられた。その原因について、男の文学者の或る人は、女性の社会感覚がせまいことがかえって幸して、主観のうちにとらえられている主題を外界に煩わされずに――荒々しい社会性に妨げられずに一意専念自分の手に入った技巧でたどってゆくから、この文学荒廃の時期に、婦人作家は思いがけない花を咲かせた、と解釈した。
 壺井栄さんが、偶然そのころから小説をかき出したというのは、やっぱり、この婦人作家も社会性がよわくて、女の作家という特殊地帯であらい風をさけられたからであったのだろうか。事実は、全くその反対である。壺井栄さんが小説をかいたのは、「大根の葉」がはじめてでもなければ「暦」がはじめてでもなかった。栄さんの小説勉強は思いつきのものではない。詩人である壺井繁治さんが、プロレタリア文化運動のために投獄されていた留守のころ、何かの雑誌で栄さんの書いた短篇をよんだことがあった。「財布」という題であったように思う。働いて娘と暮しているつましい若い母が、一ヵ月の労苦のかたまりである月給を入れたまま財布を失った事件がかかれていた。若い母親のつとめさきである下町の時計問屋の生活の内部の情景、困難や災難にも明るさを失うまいとして娘と生きたたかっている妻、母の思いも克明に描かれていた。栄さんは、おそらく現実にそういう経験をしたことがあったのではなかったろうか。そして、獄中の繁治さんのためにも、その小説が印刷されるように努力したのではなかったろうか。
 その短篇は、主題は働いて生きる女性の積極な面をとらえていても、表現は一般的な写実の範囲にあった。ところが、それから四五年したら、「大根の葉」「暦」と、壺井…

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