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天津教古文書の批判
あまつきょうこもんじょのひはん
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「狩野亨吉遺文集」 岩波書店
1958(昭和33)年11月1日
初出「思想」岩波書店、1936(昭和11)年6月
入力者はまなかひとし
校正者染川隆俊
公開 / 更新2006-09-26 / 2014-09-18
長さの目安約 61 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

第一 緒言

 天津教古文書の批判に先だち、私は如何なる因縁で天津教の存在を知つたか、又如何なる必要あつて其古文書を批判するか、この二點に就いて説明して置きたい。
 昭和三年五月の末に、天津教信者の某々二氏が拙寓に訪れ、その寶物の寫眞を贈られ、兼てその本據地なる茨城縣磯原へ參詣を勸められた。私は寫眞を一見して、其原物の欺瞞性を感知し甚だ怪しからんことを聞くものかなと思つたが爭ふことを止めて穩に歸した。しかし主なる一人は有力なる金主であると察せられたので、同氏の將來を思ひ、直に書面を以て寫眞に對する愚見を述べ、天津教の警戒すべき所以を知らせた。其後何等の挨拶もないので、この警告が何程利いたか分らない。
 昭和五年十二月天津教關係者が警視廳の取調を受けた時、須く彼等が皇室の歴史に對して施したところの錯迷狂的加工を追究し、嚴重の處分を爲すべきものであつたと思ふが、左樣な徹底的の處置が講ぜられなかつたものと見え、其後も天津教は檢擧に懲りずして宣傳を續け、シリヤの石ころ、ピラミッド類似の山などを應援に擔出して益[#挿絵]病的迷妄の傳播を試みるのであつた。實に苦々しきことと思つたが、世間天津教以上に不都合な宣傳をするものも澤山あるから、一々相手にして居られない。しかるに昨年八月私は日本醫事新報から天津教古文書の歴史的價値を調べることを頼まれた。天津教古文書は莫大あるものと稱せられるが、不信者には容易に見ることは許されまいと思ひ、先づ取敢えず手元にある寫眞七枚の中の古文書に關するもの五枚の檢討に取掛つた。而してこの五枚の寫眞のみの研究により、啻にこの五枚に限らず、天津教古文書の全部は悉く最近の僞造にかゝり全く取るに足らないものであるとの判斷に到達した。そこで依頼者に此趣を返答したが、其意味は決定的であつたに係らず文句は抽象的であつた。抽象的にした譯は、凡そ追撃撲滅等の場面は人心を刺激する恐れがあり、此所でも類似の恐れを避けようとしたためである。處が間もなく私が關係してゐる或る場所で、軍人の勸誘により、思想善導の講演を遣つて貰ふと、天津教を利用した話を聞かされたものである。かうなると最早天津教を對岸の火事扱にすることは出來ない。且又最初に二人の信者を私に向けた方も海軍大將であつたことを想起し、旁[#挿絵]天津教の性質上これは或は軍人間に比較的多くの信者を有するに非ざるかとの疑を生じ、少しく探索して見ると果して其通りである。しかれば即ちかの狂的妄想が那邊を蠧毒するに至るや推察するに難からずで、事甚だ憂ふべきものがある。今にして其浸漸を防止せざれば、早晩健全なる思想との衝突を惹起し、其結果社會に迷惑を及ぼすことあらうと思はれる。是れ或は杞憂に過ぎないとするも、豫め天津教の眞價を知り、事に當つて迷はざるを期すべきであらう。茲に於て私は再び天津教古文書の批判を思立ち、曩に屑しとせざ…

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