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密林荘事件
みつりんそうじけん
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「海野十三全集 第11巻 四次元漂流」 三一書房
1988(昭和63)年12月15日
初出「宝石」1946(昭和21)年4月
入力者tatsuki
校正者kazuishi、柳原わたる
公開 / 更新2006-01-30 / 2014-09-18
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 密林荘で、熊井青年が自殺したという事件が、例の有名な旗田警部のところへ廻されて来た。
 この事件は、その熊井青年が青酸加里を飲んで死んだという点では明瞭であるが、その青酸加里を用意したのが当人であるか、それとも他の者であるかが明瞭でない。それからもう一つの難点は、その密林荘が密林中の一軒家であって、附近に家もなく、人の通行もあまりないところであるがため、熊井青年の死の前後の状況を証言する者が殆んど居ないことだった。それについて何かを述べ得る者は、今のところその密林荘の持主の息子である柴谷青年ただ一人が有るのみであった。この柴谷青年は、熊井と共にこの山荘に来ていた者である。
 旗田警部からの呼出しで、その柴谷青年は役所へやって来た。彼は痩せ型の、顔色のどす黒い、そして今時金縁眼鏡をかけているという人物だった。
 警部は早速この青年について訊ねるところがあった。
「甚だお手数ですが、熊井君の自殺状況について、もう一度私に詳しいお話をして頂きたいのですが……。さあどうぞ、煙草をおとり下さい」
 と、警部は自分のシガレット・ケースを青年の前へ差出した。
「は、これはどうもすみません」
 柴谷は大いに喜んで、紙巻煙草を一本取って、警部のライターで火をつけた。柴谷の指先は、やにで染めたように褐色であった。
「これまでに何度もお話したことですが」柴谷は断りながら「熊井とはたいへん親しい間柄でしたが、ここ一ヶ月ばかり彼は非常に躁鬱性に陥っていましてね、死ぬんだ死ぬんだと僕に洩らしていました。僕は心配しましてね、何とかして彼を元気づけたいと思い、それには都会を離れて大自然の懐に入るのがいいと考え、幸いにうちの密林荘が空いていたものですから、そこへ連れていったのです。もちろん山荘ですから、二人で自炊生活するしかなかったのです」
「なるほど。それで密林荘というのは、どんなところですか」
「県境にある森林地帯の奥にあるのです。有名な××湖を傍にひかえていますが、湖岸から奥へ約十町ほど、昼なお暗き曲りくねった小径を入って行くと、突然密林荘の前に出るわけです。ここはいわゆる××の原始林といわれています。ものの半町と見通しがきかない位曲っています。そこへ入ると夏でもひやりと寒くなります」
「避暑には持って来いの場所ですね」
「ええ、ですから彼を誘ったわけです。たしかに彼は日増しに元気づきました。丁度三日目の朝のこと、僕たちは山荘を一緒に出て、羊腸の小径を湖岸へ抜け、そこで右へ行き、小瀬川を少し川上へ歩いたところで釣を始めました。ところが僕の針にはかなり獲物が引懸りましたが、熊井君の方はさっぱり駄目です。そこで彼は場所を換えるといい出しました。僕はそこを動くことには不賛成でしたから、二人は別れることになり、昼飯前には山荘へ戻ることを申合わせました。彼は元の道を引返し、湖岸の左の方へ行った…

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