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妻の道義
つまのどうぎ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十五巻」 新日本出版社
1980(昭和55)年5月20日
初出「東京民報」1948(昭和23)年11月14日号
入力者柴田卓治
校正者米田進
公開 / 更新2003-09-23 / 2014-09-18
長さの目安約 1 ページ(500字/頁で計算)
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本文より




 モラルの問題は、婦人雑誌で精力的にとりあげられるテーマの一つである。けれども、モラルの対象とされているのは、おおまかにいって、若い世代の男女である。
 昭電事件その他の、世界的な規模をもった政界腐敗の事実を知った私どもは、元大臣、各官庁の高官、その人々の道義の頽廃を痛感するとともに、その人々の妻の道義感がどんなに麻痺していたかということについておどろく。収賄の内容が味噌、醤油から洋服、食糧にいたるとき、どんな詭弁を弄しても、妻であり主婦である人が、それを知らなかったとはいえない。
 役得という観念は、妻たちの満足感であったろう。社会的地位の高い証拠の不自由なさと、得意であったかもしれない。妻たちがおりにふれて、これでいいのですか、とくり返したら、夫たちの一生はこれほどの恥にまみれなかったかもしれない。子供達が学校へ行き、肩身のせまい思いをしないでもよかったかもしれない。
 妻の道義は、貞操に関することばかりではない。母としての責任は、くつしたのつくろいだけのことではない。
〔一九四八年十一月〕



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