えあ草紙・青空図書館 - 作品カード


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障子のある家
しょうじのあるいえ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「尾形亀之介詩集」 現代詩文庫、思潮社
1975(昭和50)年6月10日初版第1刷
入力者高柳典子
校正者泉井小太郎
公開 / 更新2008-05-23 / 2014-09-21
長さの目安約 28 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

あるひは(つまづく石でもあれば私はそこでころびたい)


自序

 何らの自己の、地上の権利を持たぬ私は第一に全くの住所不定へ。 それからその次へ。
 私がこゝに最近二ヶ年間の作品を随処に加筆し又二三は改題をしたりしてまとめたのは、作品として読んでもらうためにではない。 私の二人の子がもし君の父はと問はれて、それに答へなければならないことしか知らない場合、それは如何にも気の毒なことであるから、その時の参考に。 同じ意味で父と母へ。 もう一つに、色々と友情を示して呉れた友人へ、しやうのない奴だと思つてもらつてしもうために。

尚、表紙の緑色のつや紙は間もなく変色しやぶけたりして、この面はゆい一冊の本を古ぼけたことにするでせう。


三月の日

 昼頃寝床を出ると、空のいつものところに太陽が出てゐた。 何んといふわけもなく気やすい気持ちになつて、私は顔を洗らはずにしまつた。
 陽あたりのわるい庭の隅の椿が二三日前から咲いてゐる。
 机のひき出しには白銅が一枚残つてゐる。
 障子に陽ざしが斜になる頃は、この家では便所が一番に明るい。


五月

 鳴いてゐるのは[#挿絵]だし、吹いてゐるのは風なのだ。 部屋のまん前までまはつた陽が雨戸のふし穴からさし込んでゐる。
 私は、飯などもなるつたけは十二時に昼飯といふことであれば申分がないのだと思つたり、もういつ起き出ても外が暗いやうなことはないと思つたりしてゐた。 昨夜は犬が馬ほどの大きさになつて荷車を引かされてゐる夢を見た。 そして、自分の思ひ通りになつたのをひどく満足してゐるところであつた。

 から瓶につまつてゐるやうな空気が光りをふくんで、隣家の屋根のかげに桜が咲いてゐる。 雨戸を開けてしまふと、外も家の中もたいした異ひがなくなつた。
 筍を煮てゐると、青いエナメルの「押売お断り」といふかけ札を売りに来た男が妙な顔をして玄関に入つてゐた。 そして、出て行つた私に黙つて札をつき出した。 煮てゐる筍の匂ひが玄関までしてきてゐた。 断つて台所へ帰ると、今度は綿屋が何んとか言つて台所を開けた。 半ずぼんに中折なんかをかぶつてゐるのだつた。 後ろ向きのまゝいゝかげんの返事をしてゐたら、綿の化けものは戸を開けたまゝ行つてしまつた。


秋冷

 寝床は敷いたまゝ雨戸も一日中一枚しか開けずにゐるやうな日がまた何時からとなくつゞいて、紙屑やパンのかけらの散らばつた暗い部屋に、めつたなことに私は顔も洗らはずにゐるのだつた。
 なんといふわけもなく痛くなつてくる頭や、鋏で髯を一本づゝつむことや、火鉢の中を二時間もかゝつて一つ一つごみを拾い取つてゐるときのみじめな気持に、夏の終りを降りつゞいた雨があがると庭も風もよそよそしい姿になつてゐた。 私は、よく晴れて清水のたまりのやうに澄んだ空を厠の窓に見て朝の小便をするのがつらくなつた。

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