えあ草紙・青空図書館 - 作品カード


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長寿恥あり
ちょうじゅはじあり
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十六巻」 新日本出版社
1980(昭和55)年6月20日
初出「労働新聞」全労連機関紙、1950(昭和25)年6月23日号
入力者柴田卓治
校正者磐余彦
公開 / 更新2003-10-28 / 2014-09-18
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)
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本文より




 九十歳の尾崎行雄が、きこえない耳にイヤ・ホーンをつけて、「ちょっととなりへ行くつもりで」アメリカへ行った。九十歳まで生きている人間そのものが、アメリカで珍らしいわけもない。「日本の憲政」の神様とよばれた彼が九十であるところに、何かの意味があったのだろう。
 アメリカへ行くとのぼせて、日本人に向っておかしなことをいう日本人は、冬のさなかにサン・グラスをつけて、フジヤマ・スプレンディッド(素晴らしい富士山)と叫んだ田中絹代ばかりではない。池田蔵相もだいぶおかしくなったらしい。尾崎行雄は年甲斐もなく亢奮して、日本の国語が英語になってしまわなければ、日本で民主精神なんか分りっこないと放言しているのには、日本のすべての人がおどろいた。元来民主主義は英語の国から来たものだからだそうだ。
 カクテール・キングとあだ名されるバオダイ・ヴェトナム王でさえも、まさかヴェトナム人の言葉が外国語になればいいという「くだ」はまいていない。そういう尾崎自身はワシントンで議会訪問した折、国会図書館長のラップ氏から、同図書館に陳列されている自作の和歌をしたためた色紙を示されて、ニンマリ満足した上眼づかいの写真をうつされている(六月十七日、読売)。
 帝政ロシアの貴族たちはフランス語で話した。中国の「台湾ぐみ」も自分の国語を二つもっている連中である。民衆は常にその民族の言葉を話す。
〔一九五〇年六月〕



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