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待呆け議会風景
まちぼうけぎかいふうけい
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十七巻」 新日本出版社
1981(昭和56)年3月20日
初出「週刊朝日」1940(昭和15)年2月18日号
入力者柴田卓治
校正者磐余彦
公開 / 更新2003-12-12 / 2014-09-18
長さの目安約 15 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 けさ、新聞をひろげたら、『衆院傍聴席にも首相の「若き顔」』として、米内首相の子息の学生服姿が出ている。本当にこの息子さんの面ざしはお父さんの俤を湛えているけれども、この若人も、きのうはやっぱり地下室に蜒々と連らなった人の列に立ちまじって、先ず制服の警官にすっかり身体検査されたのかしらと面白く思った。

 十一時までに入らないといけないということをきいたので、議事堂の建物からいえば横裏にあたる門から入って行ったら、もうぎっしりの人の列であった。携帯品預かり所の印半纏の爺さんが「細かいものは風呂敷に包むなり、ポケットへ入れるなりして下さい」と黒山の人の頭越しにどなっている。外套、帽子、襟巻、風呂敷包み、袋、傘、ステッキ。普通携帯品といわれる観念で、それらの品々をあずけた人が、そこから入った柵のところで警官に体をしらべて貰って、困った表情でいるのを見ると、眼鏡のケースを片手に握って当惑しているのであった。へえ、そうですか、こんなものもねえ。そういいながら、黒山の人だかりの方へ視線を向けて弱っている。
 そこを通って、綺麗に真鍮の磨かれた階段をいくつか登ると、傍聴券検査所と黒札の下ったところへ入った。そこには詰襟のフロックコートへ銀モールをつけたような制服の守衛とくすんだ色の上被りをつけた四十前後の女のひとが二三人いて、婦人傍聴人は一人一人その女のひとがまたすっかり帯の下へまで手を入れて調べるのであった。財布もここでは出した。外からさわってみてこれは何ですかしら、判ですか、鍵でしょうか。しきりに押している私の財布には、口紅が入っていた。口紅だと思いますけれど。――おあけ下さい。そういうと、女のひとは、失礼しますと財布をあけて、その口紅を見た。これらは、至極丁寧な根気づよい態度でされるのであった。
 傍聴人控室へまで入ったときは婦人の傍聴人の誰一人としてハンドバッグを持っている者はないし、男にしろ鉛筆一本も持ってはいない。
 控室には弁当、寿司、サンドウィッチなどを売る店があって、なかなか繁昌だ。十一時ごろ控室まで入って、十一時半傍聴席へ入場して、開会は一時というのだから、この店も自然と繁昌する刻限である。地方から上京して来ている相当の年配の、村の有力者という風采の男が相当多い。背中に大きい縫紋のついた羽織に、うしろ下りの袴姿で、弁当などつかっている。
 婦人の傍聴人はその間にちらり、ちらりと見えるだけであった。ベンチのとなりに派手な装いの二十四、五の女のひとがいたが、茶色の背広をつけた頭の禿げた男がぶらりぶらりとこちらへ来て通りすがりに何か一寸その女のひとに言葉をかけて行った。そばにいる者にききとれない位にかけられた言葉であるけれども、それに応えてその女のひとが瞬間に示した嫣然たる笑みは、元より妻の笑顔ではないし、娘が父への笑い顔でもない。控室はこんな情景も閃くの…

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