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あきあはせ
あきあわせ
作品ID4095
著者樋口 一葉
文字遣い新字旧仮名
底本 「全集樋口一葉 第二巻 小説編二〈復刻版〉」 小学館
1979(昭和54)年10月1日、1996(平成8)年11月10日復刻版
入力者もりみつじゅんじ
校正者浅原庸子
公開 / 更新2003-04-09 / 2014-09-17
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

あやしうつむりのなやましうて、夢のやうなるきのふ今日、うき世はしげるわか葉のかげに、初ほとゝぎすなきわたる頃を、こぞの秋袷ふるめかしう取出ぬる、さりとは心もなしや。垣の竹の子きぬゝぎすてゝ、まき葉にかゝる朝露の新らしきを見るもいと恥かしうこそ。


        雨の夜

 庭の芭蕉のいと高やかに延びて、葉は垣根の上やがて五尺もこえつべし。今歳はいかなれば、かくいつまでも丈のひくきなど言ひてしを、夏の末つかた極めて暑かりしに唯一日ふつか、三日とも数へずして驚くばかりになりぬ。秋かぜ少しそよ/\とすれば、端のかたより果敢なげに破れて、風情次第に淋しくなるほど、雨の夜の音なひこれこそは哀れなれ。こまかき雨ははら/\と音して草村がくれ鳴こほろぎのふしをも乱さず、風一しきり颯と降くるは、あの葉にばかり懸るかといたまし。
 雨は何時も哀れなる中に秋はまして身にしむこと多かり。更けゆくまゝに燈火のかげなどうら淋しく、寝られぬ夜なれば臥床に入らんも詮なしとて、小切れ入れたる畳紙とり出だし、何とはなしに針をも取られぬ。まだ幼なくて伯母なる人に縫物ならひつる頃、衽先、褄の形など六づかしう言はれし。いと恥かしうて、これ習ひ得ざらんほどはと、家に近き某の社に日参といふ事をなしける、思へばそれも昔しなりけり。をしへし人は苔の下になりて、習ひとりし身は大方もの忘れしつ。かくたまさかに取出るにも指の先こわきやうにて、はか/″\しうは得も縫ひがたきを、かの人あらばいかばかり言ふ甲斐なく浅ましと思ふらん、など打返しそのむかしの恋しうて、無端に袖もぬれそふ心地す。
 遠くより音して歩み来るやうなる雨、近き板戸に打つけの騒がしさ、いづれも淋しからぬかは。老たる親の痩せたる肩もむとて、骨の手に当りたるも、かかる夜はいとゞ心細さのやるかたなし。


        月の夜

 村雲すこし有るもよし、無きもよし。みがき立てたるやうの月のかげに尺八の音の聞えたる、上手ならばいとをかしかるべし。三味も同じこと、琴は西片町あたりの垣根ごしに聞たるが、いと良き月に弾く人のかげも見まほしく、物がたりめきて床しかりし。親しき友に別れたる頃の月、いとなぐさめがたうもあるかな。千里のほかまでと思ひやるに、添ひても行れぬ物なれば唯うらやましうて、これを仮に鏡となしたらば、人のかげも映るべしやなど、果敢なき事さへ思ひ出でらる。
 さゝやかなる庭の池水にゆられて見ゆるかげ物いふやうにて、手すりめきたる所に寄りて久しう見入るれば、はじめは浮きたるやうなりしも次第に底ふかく、この池の深さいくばくとも量られぬ心地になりて、月はそのそこの底のいと深くに住らん物のやうに思はれぬ。久しうありて仰ぎ見るに、空なる月と水のかげと孰れを誠のかたちとも思はれず。物ぐるほしけれど箱庭に作りたる石一つ水の面にそと取落せば、さゞ波すこし分れて、…

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