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まえがき(『真実に生きた女性たち』)
まえがき(『しんじつにいきたじょせいたち』)
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十八巻」 新日本出版社
1981(昭和56)年5月30日
初出「真実に生きた女性たち」創生社、1946(昭和21)年10月
入力者柴田卓治
校正者磐余彦
公開 / 更新2004-04-11 / 2014-09-18
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 ここに、四人の婦人の物語がある。何年も前に書かれたこれらの物語をきょう、くりかえし読んでみて、深く深く心を動かされることは、人間社会の歴史は、何とたゆむことなく前進しているであろうか、ということである。そして、生活は、何と堂々たる偽り得ないものであろうか、ということである。四人の女性の一人一人の生きた姿は、歴史の鏡となって、私たちに偉大であった十九世紀と、更に経験によって聰明になろうとしている現世紀の意味とを感じさせる。どんなにすぐれた個性も、人類社会の歴史の進行の枠からとび出して生きることはあり得ない。しかし、優秀な個性と云うほどの資質は、いつも最も素直に、力いっぱいに歴史のそよぎに反応していて、たとえばフロレンスやマリアの様に、その矛盾と分裂とにおいてさえ、なお次の時代にとって無意義ではあり得ない何かの価値を、歴史のうちにもたらしているのである。彼女たちは、歴史によって生み出された。けれども、明日の歴史をつくってゆく新しい力のいくらかは、疑いなくその彼女たちによって生まれているのである。
 みんなが歴史の中に生きている。けれども川の流れに浮んだ一本の藁しべのように、ただ押し流され、吹きよせられ、偶然つづきのうちに生涯を終ってしまいたいと思っている人が、ただの一人だってあるだろうか。
 キュリー夫人やコルヴィッツは、ある時代の歴史の中で、特にきわだった個性である。然し、キュリー夫人の活動が可能となる様に、歴史の条件が備わって来る迄には長い人間業績の集積がなければならなかった。世界の物理学が原子の問題をとりあげ得る段階に迄到達していたからこそ、ポーランドの精励なる科学女学生の手はピエール・キュリーの創見と結び合わされ、彼女の手もラジウムの名誉ある火傷のあとをもつようになった。愛は架空にはない。原子が、人間の幸福のために支配されるまで、何万人の科学者たちが、その勤勉な真面目な生涯をこの科学の新分野の探求のために費しただろう。その科学者たちの忠実な妻。その科学研究室の薄給で酬われる名の名声もない、しかし決して彼女らなしに科学が前進しなかった多くの婦人助手たち。キュリー夫人に尊敬と愛とが向けられるのは、これらの婦人たちの一生から彼女が全くかけはなれた「天才」であるからではない。キュリー夫人は、何万人かの科学に献身した彼及び彼女の中のほんとうの一人の代表であるからこそ、彼等の辛苦の典型であるからこそ、彼女の存在には意味があるのである。
 ケーテ・コルヴィッツの絵画の価値にしても、そうであると思う。彼女が、もしプレーゲル河の河港に働く正直な人々の生活に何の同感ももち得ない娘であったならば、どこに後年の親愛な畏敬すべきケーテが存在したろう。何の動機で、心のすがすがしい若い医師カール・コルヴィッツと結婚出来たろう。彼女は画家たる前に、先ず正直な勤労で社会に生きてゆく人々…

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