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「禰宜様宮田」創作メモ
「ねぎさまみやた」そうさくメモ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十八巻」 新日本出版社
1981(昭和56)年5月30日
初出「宮本百合子全集 第十八巻」新日本出版社、1981(昭和56)年5月30日
入力者柴田卓治
校正者磐余彦
公開 / 更新2004-04-24 / 2014-09-18
長さの目安約 14 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

     桑野村にて

 ○日はうららかに輝いて居る。けれども、南風が激しく吹くので、耕地のかなたから、大波のように、樹木の頭がうねり渡った。何処かで障子のやぶれがビュー、ビュービューと、高く低くリズムをつけて鳴って居る。祖母が、因果なような音を立てて居ると云ったのが、いかにも適切な程、その音は、弱々しく陰気でありながら、絶え間ない執ねさで鳴って居る。

 ○地面と云う地面は到るところ、ゆるんでぬかって居る。
 黄色な草の間を縫うて、まがりくねった里道には、馬のひづめのあとに轍が、一寸も喰い込んで、滅茶滅茶について居る。歩くのにも足駄でなければ、足の上の方までよごれる。
 けれども村の者達は、此の困難な往還に対して、何の不服も感じないのみか、却って、一種のよろこびさえも感じて居る。春の暖さが、地面の底から、しんしんとわき出して、永い冬の間中、いてついて、下駄の歯の折れそうになって居た土を、やわらげて行くからなのである。
 子供達は、背中まで、大きな はね を上げながら、いつともなし足袋をぬいだ足を、思うさまよごしては、気違いのようにはねくり廻って居る。

 ○池の水はすっかり増して、冬の間中は、かさかさにむき出て居た処にまで、かなり深く水がたたえられて居る。日光が金粉をまいたように水面に踊って、なだらかな浪が、彼方の岸から此方の岸へと、サヤサヤ、サヤとよせて来るごとに、浅瀬の水草が、しずかにそよいで居る。
 その池に落ち込む小川も、又一年中、一番好い勢でながれて居る。はるかな西のかん木のしげみの間から、現われて来る流れは、小さな泡沫を沢山浮べながら、さも愉快そうにゆれゆれて流れ、池へ入る口では、せばめられた水嵩が、周囲の草や石にあたって、心のすがすがするような高い、透明な響を起す。その傍に、小さな小屋を立ててすんで居る鯉屋の裏には、鯉にやるさなぎのほしたのから、短かい陽炎が立ち、その周囲の湿地には、粗い苔が生えて、群れた蠅の子が、目にもとまらない程小さい体で、敏捷に彼方此方とび廻って居る。

 △静かに、かなり念入りな態度で本を読んで居た彼女は、不意に、自分はわきの竹籠に入って居る赤い鉛筆を削らなければならないのだと云う気がした。で、早速、勢よく、その思いつきで、退屈だった自分が助われたと云うような顔をして、それを実行しにかかった。けれども、いざ削るとなると、急にゲッソリと気がぬけて、彼女は、又元のように、鉛筆をしまってしまって本をとりあげた。
 そして、自分が何か分らないこれから起ろうとして居ることを、心の底にバク然と感じて、その為に心が大変落付かないことをさとった。そして、そのこれから先に起ることと云えば、彼が来ると云うことほか、ない。彼が来ること――? 彼女は、顔を赤くして自分の周囲を見廻した。

 △妙な興奮が突然彼女の心を掴んだ。彼女は傍から見ると…

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