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ラジオ雑感
ラジオざっかん
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「寺田寅彦全集 第三巻」 岩波書店
1997(平成9)年2月5日
初出「日本放送協会『調査時報』」1933(昭和8)年4月
入力者Nana ohbe
校正者noriko saito
公開 / 更新2004-09-14 / 2014-09-18
長さの目安約 11 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 宅のラジオ受信機は去年の七月からかれこれ半年ほどの間絶対沈黙の状態に陥ったままで、茶の間の茶箪笥の上に乗っかったきりになっていた。夕飯時に近所の家から「子供の時間」の唱歌などが聞こえて来ても、宅の機械は固く沈黙を守って冷やかにわれわれの食卓を見下ろしているだけであった。それがやっとこの頃になって久し振りのその沈黙を破って再び元気よくわれわれに話しかけることになった。
 事の顛末を記録するためには先ずわが家のラジオの歴史を略記する必要がある。
 東京で一般的放送が開始されて後も、しばらくの間は全く他所事のように何の興味も感じなかったので、自宅へ受信機を備えるどころか、他所のでちょっと聞いてみようという気も起らなかった。もっとも、それよりもよほど前に、どこかの実験室でのデモンストラチオンを一度経験していたから、「初物」に対する好奇心だけは既に満足されていたのである。なにしろ明治四十四年まで電燈を引かないで石油ランプを点していたほど不精な自分なのである。
 ある日偶然上野の精養軒の待合室で初めてJOAKの放送を聞いたが、その拡声器の発する音は実に恐るべき辟易すべきものであった。そのためになおさら自分のラジオに対する興味は減殺されたようであった。ところが、ある夏の日に友人と二人で郊外の某旗亭へ行ってそこで半日寝ころがって蜩の声を聞きながら俳諧三昧をやった。日が暮れて帰ろうとしていたら階下で音楽が始まった。ラジオの放送音楽である。聞いてみるとそれはハイドンのトリオであった。こんな閑寂な武蔵野の片隅で、こういうものを聞くということが何となく面白かった。蜩の声を聞きながら俳諧に遊んだあとでは、なおさらそうであった。とにかく、この夏の夜の武蔵野で聞いたトリオ以来、ラジオに対する恐怖に似た心持だけは消えてしまったようである。それで宅で受信機設置の議が起った時は別に反対しなかった。
 某百貨店でトリルダインと称する機械を買って来て据付けた最初の日の夕食時に聞いたのは、伴奏入りの童話で「蟻と蟋蟀」の話であった。食糧を貯蔵しなかった怠け者の蟋蟀が木枯しの夜に死んで行くというのが大団円であったが、擬音の淋しい風音に交じって、かすかなバイオリンの哀音を聞かせるのが割に綺麗に聞きとれるので、これくらいならと思って安心したのであった。
 色々な種類の放送のうちで自分にいちばん苦手なのは演説講演の類である。耳が悪いせいか、「かん」が悪いせいか、本物の演説を聞くのでも骨の折れるくらいであるから、完全でない機械で変形された音波の混乱の中から、変形されない元の波を読取ることはなかなか困難である。それを聞取ろうとする努力はかなりに頭を疲らせる。それで断念して聞かないつもりになっても、音の出ている限り注意を引かれない訳には行かない。いっその事全部分からないアラビア語ででもあればかえって楽であろうが、…

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