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雑記帳より(Ⅰ)
ざっきちょうより(いち)
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「寺田寅彦全集 第四巻」 岩波書店
1997(平成9)年3月5日
初出「文体」1934(昭和9)年2月
入力者Nana ohbe
校正者浅原庸子
公開 / 更新2005-07-30 / 2014-09-18
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

         一

 フランスの絵入雑誌を見ていると、モロッコ地方の叛徒の討伐に関する写真ニュースが数々掲載されている。それらの写真の下にある説明の文句を読んで見ると「モロッコ地方の Pacification のエピソード」と云ったような言葉が使ってある。直訳なら「平和化」で、先ず「平定」とでも訳する所であろうが、とにかくフランス人らしい巧妙な措辞である。「誅戮」「討伐」「征伐」「征討」などと、武張ったどこかの国のジャーナリストなら書きたい所であろう。それを「平和化」と云ったところはやはりフランス人である。
 こんなことを考えてから間もなくのことである。ある有名な日本の歴史家がその著書の中に「朝鮮征伐」という文字を使ったのが甚だ不都合だと云って、某新聞の投書欄でひどく腹を立てた人があった。歴史家も日本人なら、この投書家も日本人である。
 老子にこんな言葉があった。「果而勿矜。果而勿伐。果而勿驕。果而勿不得止。果而勿強。」老子はなかなかフランス人であったと見える。

         二

 夜、丸の内の淋しい町を歩いていたとき、子供を負ぶった見窄らしい中年の男に亀井戸玉の井までの道を聞かれ、それが電車でなく徒歩で行くのだと聞いて不審をいだき、同情してみたり、また嘘つきのかたりではないかと疑ぐってみたりしたことがあった。そうして、それに関するいろいろの空想を逞しくした顛末を随筆にかいたことがある。ところが最近のある晩TS君がやはり丸ビル附近でそれと全く同じような経験をした、と云って話したところによると、やはり同じような子供を背負っていたが、しかしその徒歩での行先は亀井戸ではなくて吉原の裏の方だと云ったそうである。TS君のその話を聞いて間もないある夜のこと、工業倶楽部の近くの辻でバスを待っているとどこからともなく子供を負ぶった中年男が闇の中からひょっくり現われて、浅草までの道を聞くのであった。前に逢った場合と同じように無帽で、同じような五、六歳くらいと思われる男の子を背負っているが、どうも男の顔形にははっきりした見覚えはないので、前に自分の逢ったのと同人であるかどうか、何しろ暗いのでよくは分からない。とにかくこうなるとせっかくの最初の空想も雲消霧散して残るものは世智辛い苦々しい現実である。それにしてもこの「商売」が一体どのくらいの収入になるものか、今度逢ったら思い切って一つ聞いてみてやろうと思っている。同じ「感傷」を売り付けるにしても小説家や映画製作者に比べてみると実に可哀相なみじめな商売である。これはやはり買ってやる方がいいと思う。憎むにはあまりにみじめな商売なのである。

         三

 文楽の義太夫を聞きながら気のついたことは、あの太夫の声の音色が義太夫の太棹の三味線の音色とぴったり適合していることである、ピアノ伴奏では困るのである。
 小唄…

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