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南方
なんぽう
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「現代日本文學全集79 十一谷義三郎 北條民雄 田畑修一郎 中島敦集」 筑摩書房
1956(昭和31)年7月15日
初出「早稲田文學」1935(昭和10)年6月
入力者篠森
校正者川向直樹
公開 / 更新2004-06-24 / 2014-09-18
長さの目安約 23 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 島へ來てもう一月近くになるが、なんて風の吹くところだらう。着いた最初の日、濱邊から斷崖の急坂をのぼつて、榛の木の疎林、椿のたち並んだ樹間の路を、神着村の部落まで荷物をつけた大きな牛の尻について歩いてゆくとき、附近の林、畑地の灌木などが爭つて新芽をふき出してゐるのを見て、又、路が上つたり下つたりして、とある耕作地の斜面のわきに出たとき、その傾斜地一帶、更に上方になだらかな裾を引いてゐる休火山の中腹のあたりまで、煙のやうな淡緑に蔽はれてゐるのを見て、僕は一二ヶ月素通りしていきなり春の眞中にとびこんだやうに感じたものだ。まだ切るやうに冷い風の吹いてゐる靈岸島で汽船の出るのを待つてゐたのは、つい昨日の晩のことなのだから。
 だが、三日めから風が出た。そして雨。何といふ強い風だらう。島の人は樹木の搖れさわぐのを見て、すぐに西風だとか、ならいの風だとか云ひあてるが、僕にはそれがどこから吹いて來るのかわからない。あらゆる方角から吹き立てて來るやうに思へる。埃のたゝないのが目つけものだが、その代りに鹽分を含んでゐる。海ぎはのたいていの所はいきなり斷崖となつてゐて、まださう古くない熔岩の眞黒いのが切立つてゐたり、ごろごろした岩塊の堆積となつてゐる。そいつに浪が打ちつけ、しぶき、吹き、まるで霧のやうな潮煙りが崖を驅けのぼつて、その廣い傾斜地を濛々と匍ひ上る。耕地の秣、榛の木の新芽などは潮煙りをしつきりなく浴びるので、葉末が赤茶けて、鏝をあてたやうに縮み、捲き上つてゐる。風はなかなかやまない。終日同じ強さで、二日も三日も吹いて吹いて吹き拔ける。まるで、空のまん中に穴をあけようとかかつてゐるかのやうだ。
 風の後、一日か二日穩かな日が來る。何といふ明るい倦怠と恍惚を誘ふ空氣だらう。樹々の芽はやつと勢をとりもどし、艶々としはじめる。山鳩が固い羽音をたてて林から林へと眞すぐにとぶ。鶯、アカハラ、啄木鳥、そのほか名も知れないいろんな小鳥どもが、啼きかはし、椿の密生した間を、仄暗い藪の中をとびまはり、すり拔ける。山の斜面では放牧牛が、ある奴はずつと高手に、他のある奴は下方に、又横に、のろのろと動いて、その黒と白との斑な胴體が鮮かな目のさめるやうな印象を與へる。だから、どんなに遠くにゐる牛でも、林の中にぢつと蹲つてゐるのも、すぐに目につく。そしてびつくりするほど大きく見える。
 そんな日をみて、僕は神着村から四里ほどはなれた阿古村に移つた。そしたら又風だ。やがて雨が來る。戸を閉めきつたうす暗い部屋で、はげしい物音が四方から押しよせ、ときどき遠い鈍い底唸りのやうな音がどこともなく起つて、それはやがて恐しい壓力で、雨と音を倍加して、雨戸の外、トタン屋根の上にのしかゝつて來る。何を考へようにも、何をしようとしても無駄だ。身體の隅々まで物音がはいりこんで犇めき合ふ。そしてあの鈍い、身ぶるひを感じさ…

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