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大震火災記
だいしんかさいき
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「鈴木三重吉童話集」 岩波文庫、岩波書店
1996(平成8)年11月18日第1刷発行
初出「赤い鳥」1923(大正12)年11月
入力者鈴木厚司
校正者門田裕志
公開 / 更新2002-10-01 / 2014-09-17
長さの目安約 23 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

       一

 大正十二年のおそろしい関東大地震の震源地は相模なだの大島の北上の海底で、そこのところが横巾最長三海里、たて十五海里の間、深さ二十ひろから百ひろまで、どかりと落ちこんだのがもとでした。
 そのために東京、横浜、横須賀以下、東京湾の入口に近い千葉県の海岸、京浜間、相模の海岸、それから、伊豆の、相模なだに対面した海岸全たいから箱根地方へかけて、少くて四寸以上のゆれ巾、六寸の波動の大震動が来たのです。それが手引となって、東京、横浜、横須賀なぞでは、たちまち一面に火災がおこり、相模、伊豆の海岸が地震とともにつなみをかぶりなぞして、全部で、くずれたおれた家が五万六千、焼けたり流れたりしたのが三十七万八千、死者十一万四千、負傷者十一万五千を出し、損害総額百一億円と計上されています。
 東京の市街だけでも、二里四方の面積にわたって四十一万の家々が灰になり、死者七万四千、ゆくえ不明二十一万、焼け出された人口が百四十万、損害八億一千五百万円に上っています。横浜、小田原なぞはほとんど全部があとかたもなく焼けほろびてしまいました。
 これまで世界中で一ばんはげしかった地震火災は今から十五年前に、イタリヤのメッシーナという重要な港とその附近とで十四万人の市民を殺した大地震と、十七年前、サンフランシスコの震火で二十八町四方を焼いたのと、この二つですが、こんどの地震は、ゆれ方だけは以上二つの場合にくらべると、ずっとかるかったのですが、人命以外の損害のひどかった点では、まるでくらべもつかないほどの大災害だったのです。
 この大きな被害も、つまり大部分が火災から来たわけで、ただ地震だけですんだのならば、東京での死人もわずか二、三千人ぐらい、家屋その他の損害も八、九十分の一ぐらいにとどまったろうということです。
 地震の、東京での発震は、九月一日の午前十一時五十八分四十五秒でした。それから引きつづいて、余震(ゆれなおし)が、火災のはびこる中で、われわれのからだに感じ得たのが十二時間に百十四回以上、そのつぎの十二時間に八十八回、そのつぎが六十回、七十回と来ました。どんな小さな地震をも感じる地震計という機械に表われた数は、合計千七百回以上に上っています。

       二

 災害の来た一日はちょうど二百十日の前日で、東京では早朝からはげしい風雨を見ましたが、十時ごろになると空も青々とはれて、平和な初秋びよりになったとおもうと、午どきになって、とつぜんぐら/\/\とゆれ出したのです。同じ市内でも地盤のつよいところとよわいところでは震動のはげしさもちがいますが、本所のような一ばんひどかった部分では、あっと言って立ち上ると、ぐらぐらゆれる窓をとおして、目のまえの鉄筋コンクリートだての大工場の屋根瓦がうねうねと大蛇が歩くように波をうつと見るまに、その瓦の大部分が、どしんとずりおち…

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