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物理的空間の成立まで
ぶつりてきくうかんのせいりつまで
副題(カントの空間論)
(カントのくうかんろん)
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「戸坂潤全集 第一巻」 勁草書房
1966(昭和41)年5月25日
初出「哲学研究 第一〇巻第一〇六号」
入力者矢野正人
校正者Juki
公開 / 更新2011-02-22 / 2014-09-21
長さの目安約 62 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 私はカントから出発する。併しカントの空間論に用いられる概念の間の関係は決して明晰ではない。之を予め纏めて見たいと思う。第一批判の「空間概念の形而上学的吟味」によれば空間は経験的概念でもなく又「物一般の関係に就いての比量的な所謂一般概念」でもない。概念は表象の Menge をその下にunter sich 含むものとは表象されるが決してそれをその内にin sich 含むものとは考えられない。然るに空間はその部分 R[#挿絵]ume を in sich に含むものである。それ故空間は概念ではなくして直観でなければならぬ。処が又空間は「総ての外的直観の基礎に横たわるアプリオリな必然的な表象」であるから、空間はこの点から見て経験的な直観ではなくアプリオリな直観でなければならぬ。之を純粋直観と呼ぶ。次に吾々は空間内の対象なくしても空間を表象することは出来るが空間がないということは表象出来ない。即ち空間は「現象(之は外的現象と訂正すべきであろう)の可能の条件と見做される」のである。という意味は空間は物それ自身に属するものではなくして吾々の Gem[#挿絵]t の主観的な Beschaffenheit に属する、この意味に於て直観形式に属するものである。それ故吾々は茲に空間に就いて二つの概念内容を得た。純粋直観と直観形式。今この二つの概念内容がたとえ空間なる同一のものの概念内容であるとは云え、少くとも両者は概念内容としては直ちに同一ではないということは云うまでもない。それでは両者は斉しく空間なる同一なるものの概念内容であるということ以外に直接に如何なる関係に立つのであるか。カントは「空間概念の先験的吟味」に於て云う。空間はその概念がアプリオリに与えられたものと見られる時(形而上学的吟味の場合)と同じく、アプリオリな総合認識(幾何学の如き)を可能にする原理として見られる時も(先験的吟味の場合)まず第一に概念ではなくして直観でなければならぬ。そしてそれが凡ゆる知覚に先立つ点に於て純粋直観でなければならぬと。即ち之は前の場合に於ける純粋直観と同一のものを指す。処がこのような純粋直観が吾々の Gem[#挿絵]t に住み得る(dem Gem[#挿絵]te beiwohnen)のはそれが主観の形式的な Beschaffenheit として即ち「外観一般の形式」として即ち直観形式として主観の内に座を占めることに依るのであるという。云い換えれば純粋直観が主観の内に座を占めると考えられる時それがとりも直さず直観形式なのである。それ故純粋直観が主観の内に座を占めると未だ考えられない間が所謂純粋直観であり、純粋直観が主観の内に座を占めると考えられる限りが直観形式である。さてこのことは純粋直観という概念内容に異った二つのものが同時に含まれていることを示している。即ち所謂純粋直観としての純粋…

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