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透谷全集を読む
とうこくぜんしゅうをよむ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「現代日本文學大系 6 北村透谷・山路愛山集」 筑摩書房
1974(昭和44)年6月5日
初出「信濃毎日新聞」1902(明治35)年10月11日、13日
入力者kamille
校正者鈴木厚司
公開 / 更新2006-05-21 / 2014-09-18
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

       (一)

 僕は透谷全集を読んで殆んど隔世の感あり。透谷の精力の或部分は実に僕を攻撃する為めに費されたるものなりしことは僕の今にして慙愧に堪へざる所なり。勿論私交の上に於ては僕は透谷の友人と称すべき一人たりしことを要請する権利ありと信ず。然れども透谷は友人たるが為めに異論者を用捨するが如き漢子にはあらざりき。否、友人たるが為めに故らに弁難攻撃を試みたるものならん。加之透谷の感性は非常に強かりしかば僕等が書き放し、言ひ放しにしたるものも、透谷に取つてはそれが大問題を提起したるが如く思はれしを以て直に其心裏に反撃の波浪を捲き起したるならん。僕は当時世に樽柿を食ひても猶酔ふものなきに非ず、透谷の感性は甚だ之に似たり。余り「デリケート」にして、浮々之に触るれば直ちに大振動を起すべき恐ろしき性質のものなりと思ひしこともありき。透谷が僕と論戦を開きし第一の動機は僕が『山陽論』を書きて文章は事業なり、英雄が剣を揮ふも、文士が筆を揮ふも共に空を撃つが為めにあらず、為す所あらんが為めなりと云ひしより起れり。是れ実に僕が東都の文壇に於て他人に是非せらるゝに至りたる始めなりき。而して此文の出づるや透谷は直ちに之れを弁駁して事業と云ひ、功績と云ふが如き具躰的の功を挙ぐるは文人の業に非ず、文人の業は無形の事、即ち人の内心に関す、愛山の所謂空を撃つが為めなりと言へり。二人の間に議論に花が咲きたるは実に此に始まれり。去りながら僕は当時少しも透谷の説に感服せざりき。何となれば僕の事業と云ひしは決して具躰的に表はるべき事功のみを指したるに非ず。僕は心霊が心霊に及ぼす影響は何にても之を事業と云ふべきものなりと始めより信じたるが故に文章を以て事業としたるのみ。されば透谷の駁論は敵なきに矢を放つもの乎、否なれば僕の説を読み違へたるものに過ぎず。僕は斯く信じたるを以て更に此趣意に依りて応戦したるのみならず、荻生徂徠論を著すに至つても猶故らに『文章は事業なり。文士筆を揮ふ猶英雄剣を揮ふが如し』の一句を挿入して其説を改むるの要なきことを暗示せり。而る後、透谷は又『純文学』及び『非純文学』なる名目を立て、史論の如きは『純文学』に非ず、小説詩歌の如きものゝみが純文学なりと云へる趣意の論文を書きたり。然るに此説には僕に異論ありしが故に、此度は此方より攻撃的態度を取つて戦端を開きたり。当時の僕の論旨は歴史にても小説にても共に人事の或る真実を見たる上にて書くべきものなり。歴史は勿論帰納的に事実を研究せざるべからずと雖も小説も亦決して事実を離れたる空想なりとは言ひ難きのみならず、時としては小説の却つて歴史よりも事実に近きことなきに非ず。此故に小説は決して事実の研究、科学的の穿索なくして書き得べきものに非ず。然るに之に命ずるに純文学てふ空名を以てし、不研究なる想像の城中に立籠らんとするは卑怯なりと云ふに…

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