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山姥の話
やまうばのはなし
作品ID43462
著者楠山 正雄
文字遣い新字新仮名
底本 「日本の諸国物語」 講談社学術文庫、講談社
1983(昭和58)年4月10日
入力者鈴木厚司
校正者土屋隆
公開 / 更新2006-11-16 / 2014-09-18
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

     山姥と馬子

       一

 冬の寒い日でした。馬子の馬吉が、町から大根をたくさん馬につけて、三里先の自分の村まで帰って行きました。
 町を出たのはまだ明るい昼中でしたが、日のみじかい冬のことですから、まだ半分も来ないうちに日が暮れかけてきました。村へ入るまでには山を一つ越さなければなりません。ちょうどその山にかかった時に日が落ちて、夕方のつめたい風がざわざわ吹いてきました。馬吉は何だかぞくぞくしてきましたが、しかたがないので、心の中に観音さまを祈りながら、一生懸命馬を追って行きますと、ちょうど山の途中まで来かけた時、うしろから、
「馬吉、馬吉。」
 と、出しぬけに呼ぶ者がありました。
 その声を聞くと、馬吉は、襟元から水をかけられたようにぞっとしました。何でもこの山には山姥が住んでいるという言い伝えが、昔からだれ伝えるとなく伝わっていました。馬吉もさっきからふいと、何だかこんな日に山姥が出るのではないか、と思っていたやさきでしたから、もう呼ばれて振り返る勇気はありません。何でも返事をしないに限ると思って、だまってすたすた、馬を引いて行きました。ところがどういうものだか、気ばかりあせって、馬も自分も思うように進みません。五六間行くと、またうしろから、
「馬吉、馬吉。」
 と呼ぶ声が聞こえました。しかもせんよりはずっと声が近くなりました。
 馬吉は思わず耳をおさえて、目をつぶって、だまって二足三足行きかけますと、こんどは耳のはたで、
「馬吉、馬吉。」
 と呼ばれました。その声があんまり大きかったので、馬吉ははっとして、思わず、
「はい。」
 といいながら、ひょいとうしろを振り向くと驚きました、もう一間とへだたっていないうしろに、ねずみ色のぼろぼろの着物を着て、やせっこけて、いやな顔をしたおばあさんが、すっとそこに立っているのです。そして馬吉の顔を見ると、にたにたと笑って、やせたいやらしい手で、「おいで、おいで。」をしました。
 馬吉は、
「あッ。」
 といったなり、そこに立ちすくんでしまいました。するとおばあさんはずんずんそばへ寄って来て、
「馬吉、馬吉。大根をおくれ。」
 といいました。馬吉がだまって大根を一本抜いて渡しますと、おばあさんは耳まで裂けているかと思うような大きな、真っ赤な口をあいて、大根をもりもり食べはじめました。もりもりかむたんびに、赤い髪の毛が、一本一本逆立ちをしました。
 いうまでもなく、それは山姥でした。
 山姥は見る見る一本の大根を食べてしまって、また「もう一本。」と手を出しました。それから二本、三本、四本と、もらっては食べ、もらっては食べ、とうとう馬の背中にのせた百本あまりの大根を、残らず食べてしまうと、もうとっぷり日が暮れてしまいました。
 ありったけの大根を残らずやってしまったので、馬吉はあとをも見ずに、馬の口を…

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