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高野聖
こうやひじり
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「新編 泉鏡花集 第八巻」 岩波書店
2004(平成16)年1月7日
初出「新小説 第五年第三巻」春陽堂、1900(明治33)年2月1日
入力者砂場清隆
校正者門田裕志
公開 / 更新2007-03-18 / 2016-02-22
長さの目安約 72 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

第一

「参謀本部編纂の地図を又繰開いて見るでもなからう、と思つたけれども、余りの道ぢやから、手を触るさへ暑くるしい、旅の法衣の袖をかゝげて、表紙を附けた折本になつてるのを引張り出した。
 飛騨から信州へ越える深山の間道で、丁度立休らはうといふ一本の樹立も無い、右も左も山ばかりぢや、手を伸ばすと達きさうな峯があると、其の峯へ峯が乗り巓が被さつて、飛ぶ鳥も見えず、雲の形も見えぬ。
 道と空との間に唯一人我ばかり、凡そ正午と覚しい極熱の太陽の色も白いほどに冴え返つた光線を、深々と頂いた一重の檜笠に凌いで、恁う図面を見た。」
 旅僧は然ういつて、握拳を両方枕に乗せ、其で額を支へながら俯向いた。
 道連になつた上人は、名古屋から此の越前敦賀の旅籠屋に来て、今しがた枕に就いた時まで、私が知つてる限り余り仰向けになつたことのない、詰り傲然として物を見ない質の人物である。
 一体東海道掛川の宿から同汽車に乗り組んだと覚えて居る、腰掛の隅に頭を垂れて、死灰の如く控へたから別段目にも留まらなかつた。
 尾張の停車場で他の乗組員は言合はせたやうに、不残下りたので、函の中には唯上人と私と二人になつた。
 此の汽車は新橋を昨夜九時半に発つて、今夕敦賀に入らうといふ、名古屋では正午だつたから、飯に一折の鮨を買た。旅僧も私と同く其の鮨を求めたのであるが、蓋を開けると、ばら/\と海苔が懸つた、五目飯の下等なので。
(やあ、人参と干瓢ばかりだ、)と踈匆ツかしく絶叫した、私の顔を見て旅僧は耐へ兼ねたものと見える、吃々と笑ひ出した、固より二人ばかりなり、知己にはそれから成つたのだが、聞けば之から越前へ行つて、派は違ふが永平寺に訪ねるものがある、但し敦賀に一泊とのこと。
 若狭へ帰省する私もおなじ処で泊らねばならないのであるから、其処で同行の約束が出来た。
 渠は高野山に籍を置くものだといつた、年配四十五六、柔和な、何等の奇も見えぬ、可懐い、おとなしやかな風采で、羅紗の角袖の外套を着て、白のふらんねるの襟巻を占め、土耳古形の帽を冠り、毛糸の手袋を箝め、白足袋に、日和下駄で、一見、僧侶よりは世の中の宗匠といふものに、其よりも寧ろ俗歟。
(お泊りは何方ぢやな、)といつて聞かれたから、私は一人旅の旅宿の詰らなさを、染々歎息した、第一盆を持つて女中が坐睡をする、番頭が空世辞をいふ、廊下を歩行くとじろ/\目をつける、何より最も耐へ難いのは晩飯の支度が済むと、忽ち灯を行燈に換へて、薄暗い処でお休みなさいと命令されるが、私は夜が更けるまで寝ることが出来ないから、其間の心持といつたらない、殊に此頃の夜は長し、東京を出る時から一晩の泊が気になつてならない位、差支へがなくば御僧と御一所に。
 快く頷いて、北陸地方を行脚の節はいつでも杖を休める香取屋といふのがある、旧は一軒の旅店であつたが、一人女の評判なのがなくなつ…

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