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富嶽の詩神を思ふ
ふがくのししんをおもう
作品ID43488
著者北村 透谷
文字遣い新字旧仮名
底本 「現代日本文學大系 6 北村透谷・山路愛山集」 筑摩書房
1969(昭和44)年6月5日
初出「文學界 一號」女學雜誌社、1893(明治26)年1月31日
入力者kamille
校正者鈴木厚司
公開 / 更新2005-06-26 / 2014-09-18
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 空を望んで駿駆する日陽、虚に循つて警立する候節、天地の運流、いつを以て極みとはするならん。
 朝に平氏あり、夕に源氏あり、飄忽として去り、飄忽として来る、一潮山を噬んで一世紀没し、一潮退き尽きて他世紀来る、歴史の載するところ一潮毎に葉数を減じ、古苔蒸し尽して英雄の遺魂日に月に寒し。
 嗟吁人生の短期なる、昨日の紅顔今日の白頭。忙々促々として眼前の事に営々たるもの、悠々綽々として千載の事を慮るもの、同じく之れ大暮の同寝。霜は香菊を厭はず、風は幽蘭を容さず。忽ち逝き忽ち消え、[#挿絵]冥として踪ぬべからざるを致す。
 墳墓何の権かある。宇内を睥睨し、日月を叱[#挿絵]せし、古来の英雄何すれぞ墳墓の前に弱兎の如くなる。誰か不朽といふ字を字書の中に置きて、而して世の俗眼者流をして縦に流用せしめたる。嗚呼墳墓、汝の冷々たる舌、汝の常に餓ゑたる口、何者をか噬まざらん、何物をか呑まざらん、而して墳墓よ、汝も亦た遂に空々漠々たり、水流滔々として洋海に趣けど、洋海は終に溢れて大地を包まず、冉々として行暮する人世、遂に新なるを知らず、又た故なるを知らず。
 花には花に弄せられざるもの誰ぞ、月には月に翫ばれざるもの誰ぞ、風狂も亦た一種の変調子、風狂も亦た一種の変調子なりとせば、人間いかにして変調子ならざる事を得む。暗冥なる「死」の淵に、相及び相襲ぎて沈淪するもの、果して之れ人間の運命なるか。舌能く幾年の久しきに弁ぜん。手能く幾年の長きに支へん。弁ずるところ何物ぞ。支ふるところ何物ぞ。わが筆も亦た何物ぞ。言ふ勿れ、蓊欝たる森林、幾百年に亘りて巨鷲を宿らすと。言ふ勿れ、豊公の武威、幾百世を蓋ふと。嗟何物か終に尽きざらむ。何物か終に滅せざらむ。寤めざるもの誰ぞ、悟らざるもの誰ぞ。損喪せざるもの竟に何処にか求めむ。
 寤果して寤か、寐果して寐か、我是を疑ふ。深山夜に入りて籟あり、人間昼に於て声なき事多し。寤むる時人真に寤めず、寐る時往々にして至楽の境にあり。身躰四肢必らずしも人間の運作を示すにあらず、別に人間大に施為するところあり。ひそかに思ふ、終に寤ざるもの真の寤か。終に寐せざるもの真の寐か。此境に達するは人間の容易すく企つる能はざるところなり。
 愛すべきものは夫れ故郷なるか、故郷には名状すべからざるチヤームの存するあり。風流雅客を嘲るもの、邦家を知らざるの故を以て彼等を貶せんとする事多し。故郷は之れ邦家なり、多情多思の人の尤も邦家を愛するは何人か之を疑はむ。孤剣提げ来りて以太利の義軍に投じ、一命を悪疫に委したるバイロン、我れ之を愛す。」請ふ見よ、羅馬死して羅馬の遺骨を幾千万載に伝へ、死して猶ほ死せざる詩祖ホーマーを。」邦家の事曷んぞ長舌弁士のみ能く知るところならんや、別に満腔の悲慨を涵へて、生死悟明の淵に一生を憂ふるものなからずとせんや。
 俗物の尤も喜ぶところは憂国家の称号なり…

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