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幸福な家庭
こうふくなかてい
著者
翻訳者井上 紅梅
文字遣い新字新仮名
底本 「魯迅全集」 改造社
1932(昭和7)年11月18日
入力者京都大学電子テクスト研究会入力班
校正者京都大学電子テクスト研究会校正班
公開 / 更新2005-01-20 / 2014-09-18
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

「……するもしないも全く自分の勝手だが、作品というからには、鉄と石とカチ合って出来た火花のようなものでは駄目だ。あの太陽の光のように無限の光源の中から湧き出して来たようなものが、これこそ真の芸術だ。その作者こそ初めて真の芸術家だ。そうして乃公は……それしきのことが何だ……」
 彼はそこまで考えると、いきなりベッドから跳起きた。彼はずっと前から、原稿料で生活をして行きたいと考えていたが、投稿するなら、まず幸福日報社が好かろうと規めていた。そこは比較的に稿料を余計に呉れるからだ。しかし、作品には一定の範囲があるから、その範囲を越えれば没書になる恐れがある。範囲も範囲だが……現代の青年の脳裏にある大問題は? なかなか少くなさそうだ。いやどっさりあるかもしれない。恋愛、結婚、家庭などと来ては。……そうだ、この点についてはたしかに多くの人が悩んでいて、ちょうど今いろいろ討論中である。では家庭を書いてみよう。それはそうとどんな風に書こうかな……そうしなければ没書になる恐れがあるし、わざわざ時勢に背く必要もない。それはそうと……彼はベッドから跳上ると、五六歩進んでテーブルの前に行き、緑罫の原稿用紙を一枚取ると、ぶっつけに、やや自棄気味にもなって、次のような題を書いた。
「幸福な家庭」
 だが、彼の筆はたちどころに渋った。彼は仰向になって両眼を屋根裏に[#挿絵]りながら、「幸福の家庭」の置場を考えてみた。「北京は? 駄目だ。全く沈み切ってしまって空気までも死んでいる。よしんば家庭のまわりを高塀が、ぐるりと囲んでいるにもせよ、まさか空気を遮断することは出来まい。つまり駄目だ! 江蘇浙江は毎日戦争の防備をしているし、福建と来たらなおさら盛んだ。四川、広東は? ちょうど今戦争の真最中だし、山東、河南の方は? おお土匪が人質を浚ってゆく。もし人質に取られたら、幸福な家庭はすぐに不幸な家庭になってしまう。そうかといって上海、天津の租界へ置けば家賃が高い。じゃ外国へ置くとしたらいい笑い話だ。雲南、貴州は交通があまりに不便で、どんな風だか解らん……」彼は思いめぐらしてみたが、適当の場所を想い出せない。そこでAと仮定した。「今でもアルファベットで人名地名を書き現わすと、読者の興味を減少するという者が少くはない。今度の俺の投稿では、これを用いない方が安全だ。それでは、どこがいいだろうかな? 湖南も戦争だ。大連はやはり家賃が高い。察哈爾、吉林、黒竜江は――、馬賊が出るというし、こいつもいけない!……」そこで、いくら考えてみても格別にこれといった所もないので、「幸福な家庭」の所在はAということに仮定した。
「つまり、この幸福の家庭がAに在ると極めれば問題はない。家庭にはもちろん一組の夫婦があって、とりもなおさず、それが主人と主婦で、自由結婚だ。彼等は四十何個条かの非常に詳細な、だから極めて平等な…

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