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狐の渡
きつねのわたし
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本児童文学大系 第九巻」 ほるぷ出版
1977(昭和52)年11月20日
入力者菅野朋子
校正者noriko saito
公開 / 更新2013-07-31 / 2014-09-16
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)
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本文より


 むかし、一人の旅人が、科野の国に旅して、野路を踏みたがへ、犀川べりへ出ました。むかうへ渡りたいと思ひましたが、あたりに橋もなし、渡も見えず、困つてをりますと、
「もうし、旅のお人。」
といふ声がします。見ると、いつどこからとも知らず、一人のうつくしい顔した子どもが舟をこぎよせてゐるのでした。
「渡しのコン助といふものだが渡しの御用はないかな。」
といひますので、
「御用は大有りだ。早くわたしてくれ。」
と旅人は舟にとび乗りますと、子どもは艪をたくみにあやつつてむかう岸へつきました。舟をおりようとして、旅人がひよいと見ますと、へさきに立つてゐる子どもの尻べたから、長い尻尾が垂れてゐました。
 なんだ、狐なのか、未熟な狐めが化けそこねてゐるわい、と旅人はをかしくなつて、舟を下りました。岸べりに、はびこつてゐる、葛の葉を一枚むしりとつて、何げない顔で、狐の前にさし出して、
「さてコン助さんとやら、渡し賃に小判一両あげる。さあさ、遠慮なく受けとりな。このあたりには、よく狐めがゐて人を化すといふ噂だが、わしは狐ぢやない。葛の葉を見せ変へて、小判だなんといはぬから、よくあらためて受けとりな。さあさ。」
 コン助は、えらく恐入つたやうすをしてゐましたが、きふに、旅人の手から葛の葉をもぎとるやうにして、ぷいとすがたを消してしまひました。そのあとで、旅人は、ひとり大笑ひしました。
 それから、旅人は道をいそいで、夕方宿場へつきました。宿をとらうと思ひまして、目にとまつたはたご屋の門をくゞりますと、宿のあるじは旅人のすがたをつくづく見て、
「さきほど、お知り合の方だと申されて、うつくしげなお子供衆から、これをおあづかりしました。」
といつて状箱のやうなものを出しました。
「わしは、この辺には知り合なぞない筈だ。人ちがひではあるまいか。」
とふしんに思ひながら、その状箱のやうのやうなものをあけてみますと、
 サツキハ、バケソコネテ、ヲカシカツタダロ、コバンハ、カヘシテヤルヨ、コンスケ。
としたゝめて、みごとな小判が一枚入つてゐました。
 さては渡の狐であつたのかと、旅人は合点して、小判を火にあてましたところ、めらめらと焼け失せてしまひました。おどろいたのは、宿のあるじでしたが、旅人から狐の話をきいて、一しよに大笑ひしました。
 狐の手紙は、あるじがもらひうけて、家の宝にしてあるとかいふ話であります。



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