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風変りな決闘
ふうがわりなけっとう
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本児童文学大系 第一一巻」 ほるぷ出版
1978(昭和53)年11月30日
初出「少年倶楽部」1935(昭和10)年8月
入力者tatsuki
校正者鈴木厚司
公開 / 更新2006-04-14 / 2014-09-18
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

    はじめて見た機関砲

 今でこそ日本は、最新兵器をもつ世界一流の陸海軍国であるが、明治維新となり、はじめて陸海軍が出来た頃は、兵器でも軍隊の組織でもまだ尋常一年生で、すべて西洋諸国に学んでゐた。しかし日本人の優れてゐたことは、その頃でも変りなかつた。
 その頃フランスへ行つて、フランス軍人をあつといはせた「鉄砲上村どん」の痛快な話がある。
「鉄砲上村どん」の本当の名は上村五郎、薩摩藩の人で、小さい時から射撃の天才であつた。大きくなつて藩の銃隊に入り、幕末に起つた幾度かの戦に従軍して、すばらしい手柄を立て、「鉄砲上村どん」と鉄砲の神様のやうに尊敬されたのだつた。
 やがて明治維新になると、新政府の軍隊の大隊長となつた。大隊長といふから今の少佐格である。そして鉄砲の名人であるところから、明治三年に、射撃術、銃砲製造法研究のため欧洲へ出張を命ぜられた。これは政府で新しく日本陸軍の制度を定めることになり、その下ごしらへをするためであつた。
 上村少佐は、まづフランスへ出かけて行つた、といふのは、その頃日本の陸軍は、フランス式であつたからだ。
 上村少佐がフランスのマルセーユ港へ着いたときには、フランスとプロシヤ(今のドイツ)との間に、まさに戦争が起らうとしてゐた。フランス国民は、プロシヤに対して、盛んに敵愾心をもやし、しきりに「ベルリンへ! ベルリンへ!」と叫んでゐるのであつた。プロシヤをやつつけて、首府ベルリンまで陥落させよといふのだ。
 上村少佐はまづ、当時精鋭をもつて聞えたスナイドル銃をこしらへる会社を見た。この会社は今でも世界一流の大兵器製造所である。少佐はその大仕掛で、精巧な兵器がどし/\と出来るのに感心した。そして日本にもこれに劣らぬ製造所をたてなければいけないと思つた。だが、賢い少佐の目には、そこで出来る銃砲にはまだ/\改良を加へなければいけないことを見てとつた。
 そんなこととは知らぬフランス人は大得意で、いろ/\なものを見せて、えらく自慢をするのだつた。
「日本なんか鉄砲があつても、まだ火繩銃くらゐのものでせう。早くこんな立派な鉄砲や大砲を使ふやうになさい。使ひ方が分からなけりや、こちらから先生をあげますから。」
 少佐は何をこいつら、失礼なことをいふかと思つたが、静かに日本のことを考へると、またさういはれるのも止むを得ないと悟つた。それほど日本は何事にもまだ幼稚であつたのだ。けれども、少佐自身には深い考へがあつた。
「なあに、長いことぢやない。今にもつと/\すぐれた兵器をこしらへて、アツといはしてやるから。」
 ところが、調子に乗るくせのあるフランス人は、少佐がうはべに感心してゐるのを見ると、ます/\得意になつて、とうとう秘蔵の最新式大砲まで見せたのだ。
「これはミトライユといふ最新式の大砲です。プロシヤの豚なんか、これでめちやくちやにや…

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