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交遊秘話
こうゆうひわ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「牧野信一全集第四巻」 筑摩書房
2002(平成14)年6月20日
初出「読売新聞」読売新聞社、1930(昭和5)年11月13日~15日
入力者宮元淳一
校正者門田裕志
公開 / 更新2010-02-03 / 2016-05-09
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

     一

 私が、G・L・マイアム氏から私の作品に寄せる最も好意ある手紙を貰つたのは昨年の冬の頃だつた。その後頻繁に手紙の往復をするやうになつてゐたが、初めて言葉を交す機会を得たのは今年の春頃の或る晩、偶然にも銀座裏の小さな酒場でゝあつた。私は怖ろしく酔ふてゐた。
「マキノ君? ――若しや君は、僕のマキノ君ぢやないかしら? 僕、G・L・マイアム――」
 たしか彼が最も流暢な日本語で斯う云つて僕の肩をつかんだのだつたと思ふ。G氏は私の想像を裏切つて、拳闘選手でゝもあるかのやうな素晴らしい偉丈夫であつた。芸術に趣味を持つ医学士だと予ねて聞いてゐたので、そしてその手紙の文中には何時も多くの憂鬱な古典語が用ひられたりしてゐるところから私は、篤学の蒼ざめた青年を空想してゐたのである。が彼は、四十五六歳かと見ゆる逞しい紳士であつた、その場のことは記憶にないが(作家にとつての最大の悦びは、自己の芸術に理解を持つた友に遇ひ、忽ち何の隔てもなき雑談を始められるあの花やかな心象である――)私は彼に送られて、その頃居た麹町の宿に帰つた――が私は、その翌日大森のホテルの一室に私自身と妻とを見出した。
「昨夜Gさんと話したこと覚えてゐる?」「全然覚えがない。」
「あの人は大変な学者なのね。あたしには好く解らなかつたけれど、博物と哲学と、そして医科のドクトルで……」
「何うしてそんなことが解つたの?」
「だつて、その家へ行けば誰にだつて直ぐ解るぢやないの――大変な本と、標本と、機械があつて……三つのドクトルであることは自分でも云つてゐたけれど……」
「あの家だつて!」
「Gさんの家へ行つたのを忘れてしまつたの、まあ?」
「……今から、もう一度出直して昨夜の詫びを云はなければならない。案内してお呉れ。」
「家は覚えてゐるけれど、あたしも道は解らないわ。」
「Gさんの家は大森にもあるのかしら――」
 彼のアドレスは横浜山手である筈だ。
「えゝ、たしかにこゝの近くだわ、あたし達も近いうちに家を借りたいと思つてゐる――と云つたら、ぢや大森にしなさい、僕の処の近所に探しませんか――と云つてゐたもの。」
 私は妻と対坐して朝の珈琲をのみながら、不思議な思ひで、そんな会話をとり交してゐた。
 そして妻の云ふところに依ると、G氏は最近猛烈な不眠症に悩まされて、そのために時間的生活が一切無茶苦茶になつてゐる! といふことだつた。
 その不眠症の原因は一切の学究に対する疑問に根ざしてゐる、自分は命限り宇宙の神秘と闘はなければならぬ、自分が収めた幾つかの学問はこの闘ひのための弓であり、楯であり、矢である筈だが、これらの武器では何うしても飽き足りぬ、自分は詩を索めて止まぬ。有機的武器を索めて止まぬ――はつきり訳は解らなかつたがG氏はそんな意味のことを、興奮のあまり私と妻を一抱へにして呟いたかと思ふと(こ…

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